経済とマネーリテラシーについて深く考える(10)

2019-05-31

【植民地と文化と宗教】

現状の経済は、安く仕入れて、高く売り、
その差額(利益)を拡大することを目的としています。

前にお伝えしたように、先進国の企業は
途上国の資源を信じられないくらい安く買い、
莫大な利益をあげています。

その最も酷い例が植民地です。

いきなり
「大陸発見!」
「新天地発見!」
「ここは我が国のもの!」

と宣言し、
そこの資源も土地も我がモノとしてしまうのです。
買うのではなく「奪う」のです。

そして邪魔な先住民は、
殺されるか奴隷にされるかです。

金、銀、プラチナ、ダイヤモンド、ゴム、
コーヒー、タバコ、 麻、綿など全てタダ。
それを採集したり運んだりする奴隷もタダ。

それを本国に持ち帰り巨額の利益を得たのです。
植民地の資源の大部分が本国に運ばれました。

先進国は、自らの資源と自らの労働力で
現在の豊かな経済を築いたのではなく、
多くの場合、奪うことによって豊かになったのです。

特に米国とオーストラリアは、
大陸ごと奪って自分の国に してしまっています。
先進国の経済は、そのように築き上げられたのです。

「植民地」や「奴隷」は無くなったように思われていますが、
実質的には日本も米国の植民地であり、
東南アジアは日本の植民地であり、
日本の政治家は米国の奴隷であり、
東南アジアの労働者は日本の奴隷なのです。

さて通常、言語というのは、その国だけのものです。
例えば、英語はイギリスの言葉で、
ドイツ語はドイツの言葉で、
日本語は日本の言葉です。

当然のことですが、
ではなぜ米国では本来ならイギリスの言葉であるはずの
英語が使われるのでしょうか?
なぜオーストラリアも英語なのでしょうか?

そもそも、その国でどこの言語が通用しているかを
考えてみれば、その国の歴史が分かります。

米国、オーストラリアは、
かつてイギリスによって支配された国だからです。

そして現在は、もともと住んでいた人たち(先住民)から
国ごと奪ってしまったのです。

南米は殆どがスペイン語とポルトガル語です。
アフリカは殆どが英語とフランス語です。
カナダは英語、フランス語、一部ドイツ語です。

なぜなら植民地時代には、イギリス、スペイン、ポルトガル…
やや遅れてフランス、ドイツなどによって
世界の大部分が植民地にされてしまったからです。

世界地図は5色に塗り分けられてしまいました。

これよりだいぶ遅れて、
中国や日本もこれらの国の圧力に屈して開国したのです。
そして伝統的な政治、経済、文化が滅びていったのです。

しかし、ある程度の国力を持っていたため、
植民地にはされず言語が残されたのです。

東南アジアでは、今でも日本語が通じる国がありますが、
それもまた50年前、100年前に、日本がそれらの国で、
どのような役割を演じたのかという事を
よく考えてみなければなりません。

そうした過去の歴史を知って、
世界の言語を見たとき、悲しみと憤りを感じます。

それから、キリスト教というと、
何となく「愛と平等、自由と平和」…など、
いい宗教のイメージがあるかもしれません。

しかし、この残酷で最も悲惨な植民地支配、
奴隷制度を強力に支えたのがキリスト教だ
ということは、あまり知られてません。

植民地化を進める前には、宣教師が送り込まれ、
白人には、野蛮人を文明化することの正当性を…

先住民には、白人支配の正当性と文明開化の必要性を教化し、
その後に軍隊を送り込み、武力による征服と支配を行なったのです。

そして、言われるがままに従うと「天国に行ける」
と刷り込み、資源と労働力を奪い続けたのです。

これはキリスト教に限らず、強大な支配には必ず宗教が利用されました。
権力を得た者が、どうすれば権力の座に就けるのか?というと、

「神が決めた」
「神が私に告げた」
「神が私を代理人に指名した」

と言うのが、もっとも合理的で強力なのです。

エジプトもインダスもメソポタミアも、
過去のあらゆる文明や王権は神(偽神)
によって守られてきました。

そして支配者の作り出した神(偽神)は、
支配者を守り、常に市民や奴隷を恐れさせてきたのです。

現在でも一部の宗教や宗教まがいの団体が、
これと同じことをくり返しているようです。

騙す方も悪いですが、
騙される方も責任がないとは言えません。

全ての宗教が悪いと言っているわけではありません。

支配者が支配欲のために、金品を巻き上げる武器として
作り出した神や宗教についてお伝えしているのです。

逆に先住民が守っている、
「全てのものには神が宿る、森の神、土の神、水の神、精霊、すべてを敬う」

という考えは、宗教というより自然そのものであり、
もっとも大切なものではないでしょうか。

資源、原料、自然が奪い尽くされて荒廃し、
植民地としての価値が消滅してから、
独立が認められるようになりました。

しかし、同じ独立という言葉を使っても、
インドの独立と米国やオーストラリアの
独立は全く正反対のものです。

前者はイギリスの植民地であったインドが、
イギリスから 独立を勝ち取ったという本当の独立です。

ところが後者は、米国を支配していた白人が、
本国イギリスから独立しただけのことです。
つまり支配者の内部抗争です。

マフィアの幹部がマフィアの首領から
領土を奪って独立宣言をしたのと同じです。

先住民にとっては、国は奪われたまま、植民地のままなのです。

「酷いことをするな~」と思うかもしれませんが、

この日本だって、琉球(沖縄)民族に戦争の犠牲と米軍を押しつけ、
アイヌ民族からは北海道を奪ったという事実から目を背けてはなりません。

そして植民地として価値のある国は、今なお植民地のままです。
豊富な資源、豊富な観光資源として、価値がある場合もありますし、
核実験の場所として価値のある場合もあります。

それを支えているのが、現状の経済優先の考え方なのです。

外国から少しでも安いものを買って、できるだけ儲けよう、
という論理である限り、この問題は解決しないのです。

自由貿易、市場主義経済、グローバリズムは、
一見、良い言葉に思えて、実際は強者(豊かな者)
のための論理なのです。