経済とマネーリテラシーについて深く考える(16)

2019-06-10

アマゾンの奥地に住んでいるような、
助け合いをする人たちは貨幣を持ちません。

彼らに生きる目的は?
と聞くと、

「助け合うこと、楽しむ こと、感じること、知ること、遊ぶこと、
歌うこと、踊ること、食べること、寝ること、休むこと」
だとハッキリと言います。

しかし、私たちは
「生きる目的は何か?」
と聞かれたら、
どう答えたら良いのか分かりませんよね。

先述したように、お金の特徴は、かさばらない、腐らない、
何とでも交換できる、という便利な点でした。
そもそも、そのために作ったのがお金ですから当然です。

ところが、その便利さゆえに価値が大きくなってしまったのです。
価値が上がりすぎて、便利を越えて万能になってしまったのです。

その結果、お金は「手段」から「目的」に変わってしまったのです。

私たちは不自然なことをしていませんか?

働くこと、仕事をすること、の本当の目的は何でしょう?

無理して売るのはなぜでしょう?

嘘をつくのはなぜでしょう?

体調が悪くても休まないのはなぜでしょう?

アマゾンに住む人は言います。

「生きる目的は、楽しむこと、感じること、知ること、
歌うこと、踊ること、遊ぶこと、食べること、休むこと」

だと。

何度もくどいですが、私たちの生きている目的は、
いったい何でしょうか?

無理をして働く…
無理してでも売る…
悪いと分かってもやめない…

ということの理由として、

「お金が欲しかったから」
「お金がないと生きていけないから」
などが挙げられます。

でもそれは本当でしょうか?
他の仕事はないのでしょうか?
お金がないと本当に生きていけないのでしょうか?

以前のブログでも、生きていくために必要なものは、
『食べ物、水、空気』だと言いました。

次に寝る場所と生活する場所です。

そして次に、喜びや楽しみです。
喜びや楽しみとは何でしょう?

助けたり助けられたりすることです。
自分がみんなに役に立っているという実感です。
感謝したり感謝されることです。
みんなで喜びを共有することです。
自由、平和、幸せです。
では、お金は何番目に大切なのでしょう?

お金のために田畑を売り、
お金のために川を埋め立て、
お金のためにふる里の山を破壊し、
お金のために人を騙したり友を失ったりし、
お金のために自分の良心を殺すことを
していないでしょうか。

今の日本では、いや世界では、お金のために魂を
売り渡す人が増えているように感じませんか?

それから、お金は欲を煽るということを覚えておいて下さい。

お金の便利さや、お金の力を一旦知ってしまうと、
お金を手放せなくなってしまいます。

そしてお金は、あればあるほど安心感も大きくなりますし、
お金には限度がありませんから、
「もう少し、あとちょっと、そして、もっともっと」と、
どんどん欲が膨らんでいきます。

はじめは「これくらい良いだろう」と思ってても、
一線を 超えると「まだ良いだろう、もっと良いだろう」と、
いつの間にか取り返しのつかないところまで行ってしまいます。

お金のために周りに迷惑をかけたり、
目先の利益のために将来を犠牲にしたりしてしまいます。

しかし、よくよく考えてみると、お金の満足は金額ではありません。
例えば貯金は、最初は「目標100万円」を達成すれば
満足するでしょう。でもその満足はどれくらい続くでしょうか。

やがて友人の貯金が200万円と知れば、満足感はなくなり、
それを越すことを目標にするでしょう。

200万円貯めれば多少満足しますが、
その満足度は小さいでしょうし、
満足度に浸れる時間も短いと思います。

あの友人は、きっと自分より、
お金を貯めたに違いないと思っているからです。

そして視野が広がると、周りに500万円、1000万円の人が、
ざらにいることを知るようになります。

すると、「自分は貧しい、自分は惨めだ」と
慢性的に不満を抱きながらお金にこだわり続けることになるのです。

つまり、お金の満足は金額ではなく、他との比較なのです。
上には上がいくらでもいますから、満足が得られることはありません。

だからといって、ナンバーワンになったら満足が得られるのか?
というとそうでもありません。

困ったことに、お金の満足は金額ではなく、
増え続けることなのです。

ナンバーワンになっても、やはり「去年より今年!今年より来年!」と、
欲はいくらでも膨らみます。
結局、お金というものは、決して満足できないモノなのです。

つまり、『お金=麻薬』 なのです。

お金という麻薬によって心も身体もおかしくなりますし、
そして周りにも迷惑をかけ、最後には身を滅ぼすこととなるのです。

殺人や自殺などの記事を見ながら
「わずかなお金のために命を粗末にして」と
思うことが多いですが、まさに命とお金、
どっちが大事なのでしょうか?

仕事や商売、事業、政治など、
あらゆるところで、これらの問題点が沢山現れています。

公害、薬害、環境破壊など…
贈賄収賄、談合などの政治の不正も…
詐欺、犯罪、紛争や戦争など…

ほとんどは、お金の魔力に捕らえられた結果です。

「自分は大丈夫、自分はそんなことはない」
と思っているかもしれませんが、
仕事の中で、生活の中で、
気づかないうちに色んなことをしているのです。

ところで、あなたは家で牛乳を飲むとき、
古い方と新しい方のどちらを飲みますか?
たぶん古い方を飲むと思います。

それはなぜですか?
新しい方から飲むと、古い方が腐って勿体無いからだと思います。

では、牛乳を買うときは、古い方と新しい方とどちらを買いますか?
おそらく新しい方を買うと思います。
それはなぜですか?

実はこれは、お金によって判断が逆転しているから起こる現象なのです。

その結果として、スーパーやコンビニでは、
毎日大量の食糧が捨てられているのです。

こうしたことで廃棄されている食料は全体の26%にも及び、
これは年間11兆円分にもなります。

つまり、1人当たり年間約10万円分の
食料を廃棄していることになるのです。

なので、スーパーやコンビニで物を買うときには、
よっぽどのことがない限り、私はできるだけ手前の
古いモノから買うように心がけています。

本来、賞味期限とは「この期間に食べるとおいしいですよ」
ということを奨励している期間ですので、
その期間を2~3日過ぎたからといって、
ほとんど問題はありません。

一人一人のちょっとした行動の見直しを多くの人がすると、
大きな変化を生み出すことができるのですが、
残念ことにそれを行う人が少ないのが現状です。

自分だけが良ければ・・・
身内だけが良ければ・・・

ではなく、世の中全体のことを考え、
全体の幸せを考えられるように意識の拡大を
一人でも多くの人が心がけて欲しいと思います。

地球全ての環境問題や世の中の異常事態は、
私たち人間一人一人の日常生活や
「意識の縮図」「意識の結果」だからです。