3-3.ナチスドイツと日本の関係:ガド族とは?

ユダヤ人の始祖はアブラハムという預言者でした。
アブラハムの長男イシュマエルからはアラブ人が生まれ、次男イサクの子ヤコブからユダヤ人が生まれます。

ヤコブの別名が「イスラエル」だったので、その子孫を「イスラエル人」と呼ぶようになります。

ヤコブには 12人の息子がいて、名前はそれぞれ「ルベン」「シメオン」「レビ」「ユダ」「ダン」「ナフタリ」「ガド」「アシェル」「イッサカル」「ゼプルン」「ヨセフ」「ベニヤミン」といいました。

彼らから「イスラエル12支族」が誕生したのです。

ただ変則的なことがあり、それはレビの子孫が「レビ族」として聖別され「レビ人」と呼ばれるようになります。

彼らは特定の領地を持たず、他の支族の中にあって祭祀を行うため基本的にイスラエル12支族には数えません。

残る11人の息子は支族を形成し、それぞれ「ルベン族」「シメオン族」「ユダ族」「ダン族」「ナフタリ族」「ガド族」「アシェル族」「イッサカル族」「ゼブルン族」「ヨセフ族」「ベニヤミン族」を形成します。

 

上の図をご覧のとおり、このうちヨセフ族は抜けたレビ族の席を埋めるため二つに分割したのです。

そして二人の息子「エフライム」と「マナセ」の子孫を独立させて、それぞれ「エフライム族」と「マナセ族」を誕生させます。

上の系譜図の番号が振ってあるのが正式なイスラエル12支族です。

これらのなかで、イスラエルの三種の神器のひとつ、「マナの壺」を継承したのはガド族でした。

というこは、日本列島に渡来し、マナの壺を王権のシンボルとしたのはガド族だった可能性が高いのです。

例えば、天皇を意昧する「帝(ミカド)」は「ガド」に尊称の「御」をつけたもので、すなわち「御ガド」が転じて「ミカド(帝)」になったのです。

ガド族と天皇の関係は、ユダヤ人からも注目されて、「ミカド」は「ミーガド」でヘブライ語で「ガド族出身の者」という意味になるそうです。

さらに族長ガドの長男の名前は「ゼッフォン(共同訳ではツェフォン)」で、それがなまって日本の国名「ニッポン」 になったようです。

他にも、ガド族と日本の関係を表すものに紋章てがあります。
ガド族の紋章は移動式の幕舎(ばくしゃ:テント)です。

デザインには、いくつかバージョンがあり、そのうちの一つに3基のテントをデザインした紋章がありますが、これは、日本の家紋「三つ網紋」と似ています。

(左)ガド族の3基のテントを模した紋章 (右)日本の三つ網紋

 

また日本の家紋には、「五七の桐」がありますが、これは中央に花弁が7つの茎が1本、左右に花弁が5つの茎が2本並んでいて、その下に3枚の桐の葉が描かれています。

現在は様々なところで使われるようになりましたが、もともと「五七の桐」は、天皇家が使用していた紋章で「十六弁菊花紋」と並んで皇室のシンボルです。

(左)ガド族の紋章 (中)日本の家紋・五七の桐 (右)十六弁菊花紋。

 

五七の桐(日本政府が使っている)がガド族の紋章なら、天皇がガド族であることに間違いありません。
しかも、ガド族はあるとき歴史上から消えてしまいます。

 

それまで住んでいたパレスチナ地方や中東全域から姿を消してしまったのです。
これはガド族だけではありません。

イスラエル12支族中、10支族ががどこかへ姿を消したのです。これはどういうことか?

 

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