1-3.ナチスドイツと日本の関係:ナチスの鉄道

実はこの頃からナチスには既に新幹線の発想もありました。

1929年、ナチスは日本の新幹線にあたる「シーネンツェッペリン」というプロペラ推進式の鉄道車両を開発し、1931年5月10日、初めて時速200キロを突破し、同年6月21日には、時速230キロを達成し、世界の鉄道の高速記録を更新しました。

左がシーネンツェッペリン。右が日本の0系新幹線車両。

画像を見てもお分かりの通り、シーネンツェッペリンは日本の新幹線0系にもよく似ていることがわかります。

ただ、ドイツ製のシーネンツェッペリンはプロペラ推進式なので後ろにプロペラがついてます。

ナチスの鉄道構想は、これだけではありません。

レール幅3メートルの「スーパートレイン構想」もありました。

この計画は、最終的にはシベリアの太平洋岸の都市ウラジオストクまで、直線コースを突っ走る「欧亜両大陸横断鉄道」になる予定でした。

蒸気機関車の全長は70メートル、客車は2階建て、内装は豪華で計1728人の乗客がドイツからアジアの外れまでゆったり楽しめるように設計されていたのです。
この鉄道網のことを「ブライトシュプールバーン」と言います。

この画像は大きさの比較:手前は通常サイズの蒸気機関車で奥がスーパートレイン。

スーパートレインの豪華な食堂と最後尾車両の展望室【完成予想図】

こうした構想があったことを聞くと、狂気に取り付かれたナチスの発想とは思えないのですが、その裏では、やはりナチスらしい武装した鉄道も存在しました。

これは1945年、第二次世界大戦の終結間際にナチスドイツが保有していた金塊(現在の価値で約2億ドル分)を満載したまま、ポーランドで行方不明となっていた軍用列車です。

砲身が搭載されていて、いかにもナチスらしい列車です。

またこれとは別に「80センチ列車砲」という、とんでもない列車が実在しました。

これは第二次世界大戦でナチスドイツが実用化した世界最大の巨大列車砲で、総重量約1350 トン、全長42.9メー トル、全高11.6 メートルの巨大さです。