1-16.ナチスドイツと日本の関係:謎の死体

ハウスホーファーによって、ドイツで「グリーン・ドラゴ ン・ソサエティ」という組織が結成されます。
グリーン・ドラゴン・ソサエティを日本語に直すと…緑龍会です。

1945年4月、ナチスドイツの首都ベルリンは瓦礫と死体が散乱。
そんな中、ベルリン陥落の際には1000体近くにも及ぶチベット人の死体が発見されてます。

ソ連軍によって制圧され、赤旗を掲げられる国会議事堂

 

1945年4月、ソ連軍によってベルリンは陥落。
上の写真は、その時のベルリンの帝国議会の様子。

この日、連合軍はベルリンの壊れたビル内をパトロールしていました。

すると、SS(ナチス親衛隊)のマークを付けた7人のドイツ兵らしい死体を発見。
そして、これらの死体の様子がおかしいことに気づきます。

6人の兵士が円を描くように放射状に横たわって死んでいて、円の中央に1人の兵士が仰向けになって死んでいたのです。

この中央の兵士の両手は祈るように組まれていて、その手には「緑色の手袋」がはめられていました。

それだけではありません。
何よりも驚くべきことは、その兵士らの顔は全員アジア人…それもチベット人だったことです。

ドイツの軍服を着ているのに、なぜチベット人なのか?

しかもこのチベット人らの遺体は殺されたのではなく、何か儀式的な自殺を図っていて、儀式用だと思われる短刀で自ら腹を貫いていたのです。
これはナチスとチベットがとても深い関係だったことが伺えます。

ただ、忘れてならない存在があります……それは緑龍会。

「緑」の手袋・・・「緑」龍会。

この儀式めいた死に方は一体何なのか?
崩壊したナチスを再興させるための儀式?

それはナチスの思想や科学技術を温存し、巨大化させて、将来的に他の国へと乗り移る…という儀式だった可能性が高いのです。

そして、その儀式を行ったのはドイツの緑龍会=グリーンドランゴンソサエティではないのでしょうか?

なぜなら、ドイツでグリーンドラゴンソサエティを結成したのはハウスホーファーです。
彼は古代イスラエルの奥義の一部を八咫烏から継承してます。

しかも緑龍会と言えば、人間が秘めている神秘能力を開花させようとしていた組織てなので、こうした儀式めいた死に方をしても別に不思議ではないからです。