(5)自己と人体は異なる

下に赤ちゃんの画像があります。

赤ちゃんが生まれると名前をつけますよね。

この子には「太郎」という名前を付けました。

生まれたばかりの赤ちゃんは耳が聞こえないかもしれないし、目が見えないかもしれません。

しかし、母親と父親は赤ちゃんに向かって「太郎、太郎ちゃん」と名前を1日に何十回も何百回も呼びます。

そして、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、8ヶ月と呼び続けます。

この「太郎、太郎」という声は一定の音波振動数です。

この一定の音波振動数を呼び続けることによって、赤ちゃんの耳や皮膚、または骨からその音波振動数が伝り、やがて赤ちゃんの脳のある部分に「太郎自己」という塊になってきます。

これは見える話ではありません。

見えませんが、「太郎自己」が出来上がりるのは事実です。

そして10ヶ月…1年が経過すると・・・「太郎」と呼びかけるとニコニコ微笑んで、呼ばれる方に歩いてきます。

その時はもう既に太郎自己が赤ちゃんの体の中で成立している時期です。

この太郎自己はいろんな服を着ていきます。

ここでいう「服」は衣服のことではなく、「タイトル」のことです。

一番最初に着る服は「男の子」というタイトルです。

そして幼稚園生、小学生、中学生、高校生、大学生というふうにタイトルを付けていきます。

社会人になれば、●●会社社員、そして●●会社課長、部長、取締役、社長…という具合に、どんどんタイトルを付けていきます。

結婚すれば「夫婦」というタイトルがつき、子供ができれ ば「父親」「母親」というタイトルがついてきます。

こうしたタイトルを「我己」といいます。

英語で言うと自己が「 The Self」、我己が「 The Social Self」になります。

この「自己」と「我己」、両方で「自我」と言い、これを Ego(エゴ)と言います。

なので、生きていくということは、自我形成をしていくという宿命にあるということです。

これは、自我が良い悪いというのではなく、自我を形成していくことは全ての人にとって必然性があり、重要なことなのです。

但し、生まれてから10ヶ月の間、脳のスイッチが開かれていて、この時に名前を呼ばないと自己の形成はできないようになるのです。

この10ヶ月を過ぎてしまうと、脳のスイッチが閉じてしまい、その後もう二度と自己成立のチャンスを失うのです。

なので前にお伝えした狼少女のカマラちゃんも5〜6歳になってしまっていたから、いくら呼び続けても「カマラ自己」が形成できなかったというわけです。

これから結婚して子供を作る予定がある人は、子供ができた後、1年間何も話しかけないでみてください。

そうすることによって、このことが証明できます。

しかし、これはあまりに恐ろしい実験なので、とても勧めることはできません。

おそらく、フリードリヒ2世が行ったように、子供は白痴(重度の知的障害)になる可能性が大きいです。

ここまでの話で、一番大事なことは何かというと、人体(肉体)と自我は全くの別物であるということです。

人体と自我は同じであり、一体だと考えられていますが、 人体と自我は実は別々のものなのです。

 

よく考えてみてください。

生まれてきたのは人体(肉体)です。

そして、あなたの誕生日は体の誕生日です。

今あなたが自由に使っている自己…つまり体の主権者は、実はあなたが何ヶ月も外から名前を呼び続けられたことによって形成されたものなのです。

なので、母親のお腹の中から出てきた時は、自己(自我)が生まれたわけではなく、体が生まれてきただけに過ぎないの です。

その後、外から繰り返し繰り返し、名前を呼ばれることによって自己が形成され、タイトルを背負いながら自我形成をしていくという仕組みなのです。

要するに肉体と自我とは違うということです。

もしこれが同じだったら世の中は非常にシンプルです。

 

2011年3月11日、日本で起きた東北大地震では、津波によって数万人の人々が波に飲み込まれ、翌日には約5千体の遺体が打ち上げられたと言います。

警察がどれだけ調べても身元の判明しない遺体が約2千体あったと言われています。

もし人体と自己が同じなら、どの死体を調べても直ぐに自己が認識され身元がわかるはずです。

しかし、それが分からないということは、やはり自己と人体は同じではないということです。

例えば、あなたが海外に行ってパスポートもない、身分証明書もない状態で事故にあって亡くなったとします。

すると、あなたが誰なのかを特定するのは、まず不可能です。

あなたの身元が特定できるのは、あなたの歯形や指紋、網膜などの情報がある時期にコンピューターにインプットされ、その情報と比較できるからです。

そして、「多分この人で間違いないだろう?」といった感じでコンピュータのデータと照らし合わせることができるからであり、そうしたデータが無ければ誰だか全くわからないのです。

この話を纏めると「自己」と「人体」は全くの別物であるということ。

そして、自己というのは赤ちゃん(肉体)が誕生して10ヶ月以内に名前を呼ぶなどしてコミュニケションを取らないと形成されないということ。

そして、自己が一旦形成された後、人は色んなタイトルを付け、そのタイトルをまといながら生きていくということです。

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