(3)3つのエリアからの卒業

人類にとって最も重要な日はいつかと問われれば、1945年8月6日と答える。

その日まで、人類は「個としての死」を予感しながら生きてきた。

人類史上初の「原子爆弾」が広島上空で太陽をしのぐ先行を放って以来、人類は「種としての絶滅」を予感しながら生きて行かねばならなくなった。

広島の原爆投下、8月6日を以って、キリスト時代(A.D. )は終わり、ヒロシマ以降P.H. (PostHiroshima)0年と称すべきである。

人類究極の苦悩となる、永遠に繰り返される種内戦争、種内殺戮こそが、「人(人間)」の中心的特徴なのである。

アーサー・ケストラー

これは、ジャーナリスト、小説家、政治活動家、哲学者であるユダヤ人のアーサー・ケストラー(1905~1983)の言葉です。

アーサー・ケストラー

彼は非常に印象的な言葉を残しながら78歳でこの世を去ってますが、そこに出てくる「種内戦争・種内殺戮」とは、同種同士が不足しがちな生活必須資源である食物、水、エネルギーなどの獲得をめぐって互いに争うことを意味してます。

それ以前は個々の死を予感しながら生きていけばよかったのですが、原子爆弾が広島に投下されて以降、人類が滅亡してしまうほどの恐ろしい兵器が登場したことで、人類の未来はとても暗い状況にあるわけです。

次に日本の哲学者「紀平正美(1847〜1949年)」の言葉です。

自己意識なるモノの研究が、一切の秘密を解く「カギ」となる。

究極の實能-生命の大元、中心『X』とは何か?

彼は日本の三重県出身の哲学者で、元学習院教授、国民精神文化研究所所員、文学博士です。

彼はもっと哲学的な側面からの言葉を残しているので、非常に難しい哲学の単語が並んでいますが、彼が提案したこの言葉はとても意味深いといえるでしょう。

紀平正美

 

次に「茂木健一郎(1962年生まれ )」の言葉です。

どうして物質である「脳」の活動から、意識が生み出されるのか。

この単純明白な事実を説明する事が、こんなにも困難なこととは・・・。

ひょっとしたら、どこか根本的なところで、この世界の実相を捉え損ない、とんでもない勘違いをしているのかもしれない。

彼のことは、多くの方がご存知だと思います。そう、テレビにもよく登場している脳科学者です。

茂木健一郎

脳科学者として、彼は「単純に物質である脳が、なんで意識を持てるんだ?その単純な仕組みすら分からないんです」と言っています。

これらの「賢者」たちが言っていることは全く視点が違います。が、彼らが提案している答えを見つけ出そうとすると、全て同じところに帰結されるのです。

現在この地球上には約80億の人間が存在しています。

そして3つのエリア(領域)の中で物事を考え、判断して、行動しているのです。

1つ目は、自己(自我)のエリア
2つ目は、企業・団体(宗教も入る)のエリア
3つ目は、 国・民族のエリア

1つ目の「自己(自我)のエリア」についてお話しましょう。

例えば皆さんには、それぞれ自己(自我) があります。

そして、それぞれが自己にとって役に立つか立たないか、有利か不利か、という基準を設けて選択をして、自己のエリアの中で考えて行動しています。

しかし時として、あまりにも自己中心的な考え、自己の主張ばかりしていると、他の人たちとのコミュニケーションが上手くいかないことも多々あります。

 

2つ目の「企業・団体のエリア」についてお話します。

例えば、スマートフォンの分野では、韓国のサムスンが世界のシェアの30%で事実上世界No.1でした。が、他の多くの企業が激しい競争にいどみ、サムスンの座を狙い、ついに2014年の秋からAppleが世界No.1となりました。

スマートフォンの世界では、その他に日本のメーカー、中国のメーカー、ヨーロッパのメーカーが、しのぎを削りながら競争をしていて、未来に残れるか倒れるかという激しい競争をしています。

それぞれの企業は「企業・団体」というエリアの中で、企業・団体の利益を追求し続けています。

そしてその追求はエンドレスに続きます。

しかし、冷静に考えてみると「Apple」と「サムスン」というのは企業の名前です。

そこにあるのは「名」だけであり、その実態はないのです。

つまり、本当は企業・団体が戦っているわけではなく、Appleで働く人とサムスンで働く人たちの自己(自我)が戦っているのです。

「Apple」は名前だけであり、「サムスン」も名前だけです。

ということは、企業のエリアの中で、いかに利益を追求していくかという競争をしているのです。

これはどの業界も、やがて少数の勝ち組、大多数の負け組という図式になるわけです。

 

最後に3つ目の「国・民族のエリア」についてお話します。

例えば、日本と韓国における竹島(独島)の領有権の問題、 また日本と中国における尖閣諸島の問題があります。

これはお互いの国の政治家が前に出て、国益を主張し合っているだけなのですが、これを各メディアが報道することにより、国民の感情までが険悪なムードになってしまってます。

これは簡単な話ではないので、この問題は長く尾を引くかもしれまんせが、しかし市民レベルで考えると、韓国人と日本人は、お互いに観光に行って仲良くなれますし、それは中国人においても同じです。

韓国人も中国人も日本に観光にきて、大量の買い物をしてくれますので、お互い仲良くなれるのに、なぜか政治の世界では摩擦が起きてしまいます。

そしてそれをメディアが報道するので、国民感情までが悪化してしまうわけです。

この「国・民族のエリア」の中で物を考え、判断して行動するから、人類というのは過去から現在に至るまで、それぞれの国の主張をお互いにぶつけ合うわけです。

そして、この利益の取り合いが延々と続いていくと、どういうことが起こるか?というと…

20世紀の第一次世界大戦と第二次世界大戦もそうですが、21世紀の今日もエネルギー資源、地下資源、食料等の奪い合いで戦争につながる可能 性が非常に大きいというわけです。

世界それぞれの国は、「国・民族のエリア」の中で、それぞれの国益や民族の利益を追求し、主張し合ってます。

全世界では地域戦争も踏まえて、利益を主張し合っていて、 なかなか解決策が困難とも言えるでしょう。

しかし国や民族もまた、単なる「名」であり、この「名」を意識している各自己が、国や民族の名を背負って戦いをしているだけに過ぎないのです。

つまり、このエリアもまた、自己(自我)の問題に辿り着くわけです。

これは、エリアの中で物を考えることが悪いという話ではありません。

社会の仕組みがそうなっている以上、必然的に起こるものなので、これは批判の対象にはなりません。

ではどうすれば良いのか?という問題ですが、私たち人類が、3つのエリアの中だけで物事を考えることから「卒業」して、エリアの外側から全体を見渡す必要があるのです。

例えば、「国・民族のエリア」で言うと、お互いの国にプラスになることを考え、さらに言えば世界中がプラスになる解決策を模索し始めることが大事で、そのエリア内で物事を考えることをやめる時こそが「卒業」と言えるのではないでしょうか。

人類はこれら3つのエリアを卒業しなければならないのですが、そのためには先ず「自己・自我」の卒業をする必要があるのです。

そして、それができるかどうかが、今後、人類を滅亡に向かわせるか、新しい未来を切り開くかを決める「カギ」でもあるわけです。

コメントを残す