(7)日本国民は国家神道によってマインドコントロールされてきた

 

徳川幕府を倒した明治新政府は、日本を統治するために、とにかく急いで新しい国のシステムを作らなければいけませんでした。

そこで慌てて作ったシステムが「国家神道」ですが、後に正しい神道の道に導けば良かったのに、最初に国民を騙してしまっていたので、正しい方向に戻すことが出来ず、国家神道はどんどん悪い方向に進んでしまい、最終的にはどうにも収拾がつかなくなり、その流れで敗戦するまで突っ走ってしまいました。

何の計画もなく、思いつきで作ったシステムには、やはり無理が生じてしまうということでしょうか。

陸軍は、途中から政府の命令に従わなくなり、暴走し始めます。
しかも中国大陸を蹂躙(じゅうりん)し始めることになります。

蹂躙とは、暴力や権力によって他の権利を侵したり、社会の秩序を乱したり、ふみにじったりすること

日清戦争、日露戦争までは、まだ良かったのですが、第一次世界大戦からは日本は完全に狂っていたとも言えるでしょう。

日本は、戦争を途中で終わらせるチャンスが何度かあり、日清戦争や日露戦争など、勝っている時にやめておけば良かったのですが、国家神道によってマインドコントロールされてしまった国民が、今度は戦争をやめられなくなっていました。

戦勝などの祝意を表するために、多くの人々が集まり、火を灯した提灯を持って、夜間に列を組んでねり歩く「提灯行列」までが、国民の間で行われるようになっていったのです。

提灯行列

 

しかも、戦争に勝つ度に日本の領土がどんどん増えて行ったので、国民にとっては戦争が面白いゲームになっていました。

そして、もっと領土を増やしたいという欲から、既に歯止めが効かない状況になっていたのです。

1937年(昭和12年)6月4日〜1939年(昭和14年)1月5日まで続いた第1次近衛内閣(だいいちじこのえないかく)では、「国民精神総動員」といった政策が行われ、「国家のために自己を犠牲にして尽くす国民の精神…すなわち「滅私奉公」を推進した運動までが始まったのです。

この「国民精神総動員」は、長期戦と物資不足が心配されていた日中戦争や太平洋戦争(大東亜戦争)において、国民の戦意を高めるために行われた運動で、

「欲しがりません勝つまでは」
「ぜいたくは敵だ」
「日本人ならぜいたくは出来ないはずだ」
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」
「遂げよ聖戦 興せよ東亜」
「聖戦だ 己れ殺して 国生かせ」
「進め一億火の玉だ」
「石油の一滴、血の一滴」
「全てを戦争へ」

などのスローガンを掲げ、子供や女性など、戦闘に携わってない一般市民にまで、乏しい生活をするように強制しました。

 

この頃には、政府は「日の丸弁当」を奨励したり、国民服やモンペを男女の制服として推奨したとされます。

 

こうした運動は、パンフレットや映画・ラジオなどのメディアを使って宣伝されました。

しかし、上層部の意思や命令を下層に徹底させることが限界となり、やがて国民に不満が蓄積して行ったのです。

当時の国民は、国家神道によるマインドコントロールによって、日本の国を「神の国」だと信じ切っていました。

なので、「この国は幾らでも戦争に勝てる」と思い込み、政府が戦争をやめようとしてもブレーキが効かなくなり、最後まで突っ走ってしまったのです。

その挙げ句、「敗戦」してしまったというわけです。

 

2 件のコメント

  • du0nc3rbun@gmail.com より:

    もうここまで来ると笑いすらこみ上げてきます。(笑)
    正にタチの悪いカルト国家そのものです。

    もうこの頃から日本人に神話や神道を語る資格はなかったのではないでしょうか?
    勿論、政府が先に暴走してしまっていますので仕方がないというのもありますが。
    これを止めるには核を落とすのは当然だと思ってしまうのは、自然なのかもしれません。
    神道を政治利用してしまった神罰なのでしょう。

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    世界が日本を警戒するわけですね。
    カルトの日本政府こそ国賊なのではないでしょうか。

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