(4)国家神道はカルトに変貌

 

「国家神道」は、もともと内務省の直轄でした。

内務省とは、1873年に設置され、1947年に廃止されましたが、当時は国家神道をはじめとし、地方行財政・警察・土木・衛生などの国内行政の大半を担った中央官庁のことです。

 

また、当時は内務省に神社局という部局があり、そこで靖国神社は設立されました。

この神社局とは、1940年まで存在した神社および神官・神職に関する行政事項を司る内務省の内部部局です。

靖国神社は、政府にとって、国や国民を動かすための重要なシステムであり、その象徴であり、基軸になっていました。

そして国民誰もが靖国を尊い存在だとし、皇居も同じく尊い存在とされました。
この「靖国」と「皇居」の両輪を利用して、政治家や官僚は国民を操っていったのです。

また、政府は「祭祀(神道)」と「政治」と「教育」の三本柱で国民を騙し、戦争に参加させたのでした。

日清戦争から太平洋戦争までの戦時中に設置された日本軍(陸軍・海軍)の最高統帥機関である「大本営」は、天皇の命令を「大本営命令」として、発令する最高司令部としての機能を持っていました。

大本営会議の様子 中央は昭和天皇

 

本来は、そうした機関を「本営」と呼びますが、日本では「本営」にわざわざ「大」を付けて、大袈裟に、ものものしく呼びました。これは「大日本帝国」も同じです。

大本営は、日清戦争と日露戦争で設置され、それぞれ終戦後に解散しましが、後の日中戦争(支那事変)でも設置され、さらには戦時外でも設置できるよう改め、そのまま太平洋戦争終戦まで存続しました。

※日清戦争とは、1894年(明治27年)7月25日〜1895年(明治28年)4月17日にかけて日本と清国の間で行われた戦争。但し、正式に宣戦布告されたのは1894年8月1日であり、完全な終戦は台湾の平定を終えた1895年11月30日だという見方もある。

※清国とは大清帝国のことで、1644年〜1912年まで中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝。

※日露戦争とは、1904年(明治37年)2月8日〜1905年(明治38年)9月5日にかけて大日本帝国とロシア帝国との間で行われた戦争。

※大日本帝国とは、幕末から使用され始め、1946年頃まで公式に使用された日本の国号の一つ。

※日中戦争とは、1937年(昭和12年)〜1945年(昭和20年)まで、大日本帝国と中国の間で行われた戦争。

 

太平洋戦争末期には、日本は敗戦する可能性が濃厚であったにも関わらず、あたかも戦況が有利であるかのような嘘の情報を「大本営発表」として流され続けました。

その影響から、現在では、権力者が自己の都合の良い情報操作をして、虚偽の発信することを揶揄して「大本営発表」という表現することがあります。

この大本営の庁舎が、現在でも防衛省市ヶ谷地区に残っています。

元・大本営陸軍部、陸軍省、参謀本部

大本営地下壕

 

また、大本営には、大きく分けると「背広組」と「軍服組(制服組)」の2種類の軍人がいました。(現在の防衛省も背広組と制服組が存在する)

この背広組が現在でいう霞が関の官僚で、彼らが戦争を起こしたのです。

この時、山本五十六ら軍服組(本当の軍人)は、戦争を行っても絶対に負けると主張し、反対をしたのですが、エリートである官僚たちは、軍服組のいうことを聞かずに戦争を始めてしまいました。

山本五十六 元帥

山本五十六(やまもといそろく)とは、元帥(海軍大将)で連合艦隊司令長官。

 

明治新政府は、天皇を現人神(生き神様)に仕立て上げ、「神(天皇)に逆らった者は天罰が下るので、天皇(=政府)の命令にはきちんと服従せよ」などと呼び掛けることで、日本全体をそうしたムードにして、国民をコントロールしていったのです。

そうしなければ、あまりにも長い間、安泰だった徳川幕府の強力な中央集権体制を継承できなかったのです。他に何も代替案がなかったから、急遽、天皇陛下を現人神に祀り上げたというわけです。

第二次世界大戦において、日本は米国を代表とする連合軍に徹底的に叩きのめされました。そして大本営の最後の姿はとてもお粗末なもので、自分たちは安全な地下壕に隠れ、女や子供に竹槍を持たせて、敵と戦わせてまで自分たちを守られせたのです。

 

それまでに戦争をやめる機会が何度かあったとされますが、大本営は自己の面子のために「一億総特攻」、「一億総玉砕」、「一億火の玉」などといった言葉をスローガンにして、戦争をやり続けたのです。

 

また、「今、戦争に負けたら亡くなった英霊たちに申し訳が立たない」などの大義名分で、玉砕の覚悟で戦争に臨ませたり、捕虜になるくらいなら自決しろと教え込んだり、若い零戦パイロットに平気で特攻させたのでした。

そう、自分たち(当時の政治家と官僚)の作った国のシステム(國體=国体)を守るために、国民を総動員させたのが「国家神道」だったのです。

つまり、「神道」も「天皇陛下」も、彼らに利用されたのです。

もともと国家神道は、「宗教ではない」という建前で始まったのですが、気がつくと、いつの間にかとんでもないカルトになってしまっていたというわけです。

 

2 件のコメント

  • du0nc3rbun@gmail.com より:

    正にカルトですね!これは酷いです。
    今の政府もこの流れを汲んで成り立っているがよく分かります。
    朝鮮、中国、ロシアとの領土問題がありますが、これらはこの3国が悪いのではなく日本が悪い、というのがよく分かりました。

    語弊を恐れずに言わして頂くと、広島、長崎への核爆弾の投下も必然だったのでは?
    こんなカルト国家を止めるのはそれしかなかったのではないでしょうか?
    GHQから弾圧を食らうのも自然な流れではないでしょうか?
    もちろん当時の犠牲者には申し訳ありませんし、「被爆者に対して失礼だ!」という声が聞こえてきそうですが、僕が言いたいのは当時の日本政府のせいだ!と言いたいのです。

    やはり、日本国民の敵は日本政府、いや世界の敵は日本政府なのではないかと思います。

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    国家神道は恐ろしいですね。
    欧米も他国を植民地や奴隷化するなど恐ろしいですが・・・

  • コメントを残す