(17)神々の誕生

 

前にも言いましたように古事記には「天地開闢」と記されています。
この天地開闢とは、簡単に言えば世界の始まりのことです。

太古の時代、天と地はまだ分かれておらず、互いに混ざり合って混沌としていました。
しかし、その混沌の中から、清浄なもの(白)は、上昇して天となり、重く濁ったもの(黒)は大地となりました。

この天地開闢に伴って誕生したのが、「別天津神」という5柱の神と、七代の神「神世七代」です。

この神話をもう少し具体的に説明します。

 

別天津神の誕生

太古の時代、神様が住む高天原に、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)という神が誕生して、すぐに姿が見えなくなりました。

続いて、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)と神産巣日神(かみむすびのかみ)という神が誕生して、同じく姿が見えなくなりました。

天之御中主神は、天の中心にいる神です。

高御産巣日神と神産巣日神の「産巣(むす)」という字は、「苔むす(苔が生える)」などに使う「むす」を意味し、「日」は霊的な働きを意味します。

つまり、産巣日(むすひ)は、生命が生まれる力が神格化した神ということになります。

基本的に神を数える時は、1人を1柱、2人を2柱と数えるのが正しいとされます。

最初に出現した3柱の神様は独り神と呼ばれ、男女の性別が分かれておらず、どちらの性も兼ね備えた神様でした。この3柱を「造化三神」と呼びます。

3柱は誕生後に、すぐに姿が見えなくなりますが、消えてなくなったわけではなく、目に見えない状態になっただけです。

天と地は生まれたものの、世界はまだ水にプカプカ浮かぶクラゲのような感じでした。

そこに、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびこひこつぢ)と天之常立神(あめのとこたち)の2柱が誕生しました。

この2柱の神も独り神で、同じようにすぐに姿が見えなくなりました。

宇摩志阿斯訶備比古遅神は、葦(あし)の芽のように、すくすくと育つ生命力の神で、この神が誕生したことにより、世界は生命力に満ち溢れました。

したがって、「天」を作る力が生まれ、さらに天之常立神が誕生したことで、永久的な「天」が出来上がりました。

最初に誕生した3柱の神「造化三神」と、この2柱の神を合わせて「別天津神(ことあまつかみ)」と呼びます。

補足
日本神話には、沢山の神が登場しますが、海外の神とは異なり全知全能ではありません。まるで人間のように、悩み、苦しみ、失敗し、喜び、慈しみ、愛し合い、時には病にかかったり、悪戯をしたりなど喜怒哀楽があって個性豊かです。

 

神世七代(前半)

先述したように、日本の神話は、「別天津神」と呼ばれる5柱の神の誕生から始まりますが、日本の神は森羅万象を司るのではなく、森羅万象そのものとなります。

例えば、花が咲く時には、まず花が咲くことを神格化した神が誕生し、その神が誕生したことで花は美しく咲き誇ります。つまり、何かしらの事象が起こる前に、事象そのものの神が誕生して、初めてその事象が起きるのです。

そう、事象が起こることと神の誕生はシンクロしているのです。
この宇宙のあらゆる事象に神の存在があり、常に私たちの生活の中に潜み、様々な影響を与えてくれるているのです。
昔から日本では、そんな尊い存在こそが神だと考えられてきたのです。

このように考えて行けば、神々とこの宇宙(世界)の成り立ちが理解しやすくなります。

 

「別天津神」の後には、国之常立神(くにのとこたち)と、豊雲野神(とよくものかみ)が誕生しますが、この2柱の神も同じく独り神で、すぐに姿が見えなくなりました。

国之常立神が現れたことで、永久的な「地」が出来上がります。

これで「天」と「地」が揃ったことになりますが、この時点ではまだ「天」と「地」が今のように、上が「天」で下が「地」でというわけではありませんでした。

下が「天」で、上が「地」になったり、あるいは「天」と「天」の間が「地」になったりと、まだ混沌とした世界でした。

豊雲野神は、物事を次第に固める神です。

この神の誕生により、それまで水にプカプカと浮くクラゲのような「天」と「地」が、今のように「天」が上で、「地」が下という状態に固定されました。

ここから先は、兄と妹の男女ペアで神が誕生し、兄妹で結婚します。

補足
神の世界では、兄妹で結婚して夫婦になることが理想とされていてます。しかし、私たち人間は兄妹で結婚は出来ません。
神しか許されないことなので、人間が兄妹で結婚することは禁じられているのでしょう。

 

最初に男女ペアで誕生したのが、兄の宇比地邇神(うひぢにかみ)という泥土の神と、妹の須比智邇神(すひぢにかみ)という砂土の神です。
地の位置が定まったので、この神は泥土や砂土で地表を覆いました。

次に境界線を作る神が誕生します。
兄が角杙神(つのぐいのかみ)で、妹が活杙神(いくぐいのかみ)です。
この神によって天と地にハッキリとした境界線が作られました。

次に大地を固める神が誕生します。
兄が意富斗能地神(おほとのぢのかみ)で、妹が大斗乃弁神(おほとのべのかみ)です。
天地は固まりましたが、大地はまだフワフワしていたため、神々が地面で生活できるように地が固くなりました。

このように神が誕生する度に、世界はどんどん形成されていき、神々が住むことが出来るくらいの土台が作られていったのです。

ここまでは、「天」や「地」が形作られるための神が誕生しました。
天と地が生まれ、地表を泥や砂で覆い、天と地をハッキリさせるための境界線が生まれ、地は強度を保った大地となり、神々が生活できる基盤が整ったのです。

 

神世七代(後半)

宇比地邇神(うひぢにかみ)・妹須比智邇神(いもすひぢにかみ)
角杙神(つのぐいのかみ)・妹活杙神(いもいくぐいのかみ)
意富斗能地神(おほとのぢのかみ)・妹大斗乃弁神(いもおほとのべのかみ)

の6柱は兄と妹でしたが、まだ男女の象徴を持つ神ではありませんでした。
男女という性が定まっていない神同士で結婚していたのです。(名前に「妹」が付くのが妹)

補足
正式には、このように女神は名前の一番はじめに「妹」がつく。

 

ここで初めて、男女の象徴の神が誕生します。

於母陀流神(おもだるのかみ)と、妹阿夜訶志古泥神(いもあやかしこねのかみ)です。

日本における神は、何かしらの事象が起こる前に、その事象そのものが神格化されて誕生し、この神が誕生することによって、その事象が起きることは前述しましたが、於母陀流神と阿夜訶志古泥神という男女の象徴の神が出現したことで、初めて「男」と「女」という性別ができたのです。

そして最後に、伊邪那岐神(いざなきのかみ)と伊邪那美神(いざなみのかみ)が出現しました。この2柱の神は、精神的にも肉体的にもハッキリと男女の区別がなされた神で、こうした神が誕生したことにより、神様同士での愛も生まれたのです。

補足
ここでは、伊邪那岐神、伊邪那美神と記していますが、通常は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)というように、最後の字は「神」ではなく、「命(みこと)」と記さることが多いです。なぜなら、この二柱の神から本当の意味での、男と女の「命」が誕生したからです。

愛が生まれたということは、神同士で夫婦の契りを交わし、子供を産むことが出来るようになったということです。

因みに、伊邪那岐と伊邪那美の「伊邪那(いざな)」は、「誘う(いざなう)」の語源で、誘い合う男女を意味します。そしてここから「愛」が生まれたのです。
また、伊邪那岐の「岐(き)」と伊邪那美の「美(み)」で、「きみ(君)」となり、「君」には男と女という意味があります。事実、人を呼ぶ時に「君」は、男女どちらにも使えます。

それから、これまでの神は忽然と誕生していましたが、この伊邪那岐神と伊邪那美神の2柱の神から生まれた愛によって、その後、は夫婦の愛によって多くの神々が誕生することになります。だから伊邪那岐神と伊邪那美神は、夫婦の祖神とされるのです。

因みに、男女ペア(2柱)の神を「一代(ひとよ)」と呼びます。
だから国之常立神と豊雲野神と、その後に誕生した五代(男女ペア)の神を合わせて、「神代七代(かみのよななよ)」と呼びます。

 

 

2 件のコメント

  • du0nc3rbun@gmail.com より:

    これらを読むと「神様は生命意識である」と過去に八田さんから教えらrましたが、正にその通りですね!
    意識から様々な事象が生まれ、神様は高次元なので、そこから色々な物体なども創造できるのではないでしょうか?
    陰と陽に見立てられる男女という概念も、まず最初に兄妹から徐々にしっかりとした男女に出来上がっていく様が見て取れます。(これは僕の個人的な解釈なのですが)

    いやはや、日本神話も聖書と同じでとても合理的で科学的だし、自然そのものだなといった感じです。
    正に科学の宝庫であり、源ですね。
    非常に見事な物語です。

    世界に存在する科学や超常現象の元になっているのではないでしょうか?

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    人間以外の生物でカタツムリや貝のように雄雌の性がない生き物が存在します。一部は雄雌を自在に変えられるそうです。これらの生物は人間よりも神に近い存在なのかな?と思ってしまいました。

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