(19)物部神道ができるまで

 

日本の最高神と言えば天照大神です。同時に日本では「八百万の神」とも言います。
これは「一神教」と「多神教」が同時存在していることになります。

しかも「三柱の神」とも言ってます。

実はこの「三柱の神」というのは、イエス・キリストが最初に伝えたことです。

イエスは「父・子・聖霊」の三柱によって一体が作らていると言ったために、絶対唯一神を標榜しているユダヤ教の聖職者にとっては、彼の言葉は異端でしかありませんでした。

三柱構造=三神構造

 

なので最終的には、十字架に架けられて処刑されるわけですが、実は神が三柱構造だということはモーセも知っていたのです。

だからモーセは、「十戒石板」、「アロンの杖」、「マナの壺」を三種の神器としたのです。
そして、この三種の神器を入れて運ぶために作れらたのが「契約の箱アーク」です。

 

三種の神器

契約の箱アーク

 

この三種の神器を収めた箱が、とても不思議な力を持っていて、強力な兵器とも化すのです。

考えてみれば、十戒石板は、神がシナイ山の岩盤を削って文字を刻んだ鑑石で、アロンの杖は、出エジプトにおいて神がこの杖を通して様々な奇跡を起こしてますし、マナの壺は、神が天から降らせた不思議な食べ物マナを入れた壺です。

そして、これらを入れた契約の箱も、様々な奇跡を起こしています。
なので、これを持っていると無敵となり、世界を支配できるとも言われます。

だからこの箱は、神殿(当時は移動の幕屋)に置かれ、人目につかないように幕が張られていました。

この箱にはヤハウェ(神)が降りてくると言われてますが、その際に、雲が出現し、そこに雷…つまり、稲妻が火柱となり、雷鳴を轟かせたと言います。この現象を象徴したものが日本にもあります。

  • 神殿(幕屋)=神社
  • 雲=注連縄
  • 稲妻=紙垂
  • 雷鳴=鈴
  • 火柱=鈴から伸びる綱

 

注連縄(雲)と紙垂(稲妻)

鈴(雷鳴)と綱(雷が落ちる際の火柱)

 

 

そして、契約の箱にはケルビムという天使の羽が二つ向かい合わせ並んでますが、この羽根と羽根の間が、三角形の形をしていて、天から降りてきたヤハウェは、その三角形の隙間から覗いたとされます。

これが、万物を見通す目、つまりフリーメイソンのシンボルとしても知られる「ピラミッド・アイ」になったのです。

万物を見通す目(ピラミッド・アイ)

 

この三種の神器を入れた契約の箱アークは、後に日本に運び込まれていますが、一番最初に運んだのは徐福(じょふく)とされいてます。

徐福とは、約2200年ほど前(秦の時代)の中国にいた、不老長寿の呪術、祈祷、医薬、占星術、天文学に通じた人物です。

秦の始皇帝は、この徐福に不老不死の仙薬を、東国の蓬莱山へ行き、探し出すように命じました。東国とは日本のことで、蓬来山とは古代の富士山のことです。

秦の始皇帝

徐福

徐福率いる大船団の図

 

そこで徐福は、大船団を率いて中国から日本へ旅立ちます。

徐福が最初に上陸した場所は、若狭湾(福井・京都)にある沓島(くつじま)と冠島(かんむりじま)だとされています。なので、ここには無人島なのに神社があります。

沓島

冠島

冠島にある「老人嶋神社」

 

しかも、徐福は道教の道士でした。(日本では神官に値する)
そして、秦の始皇帝も徐福も漢民族ではなく、ヘブライ人の血を引いていました。

道士

 

つまり、徐福はヘブライ人の「レビ族」を祖とする人物だったのです。

 

祭祀を司る「レビ族」

 

始皇帝に不老不死の薬を探して、持ち帰るように求められてた徐福でしたが、その任務は果たせずに失敗して中国に戻ります。

なのに、始皇帝は徐福の首をはねることなく、再度チャンスを与えたのは始皇帝と徐福が同族だったからという説があります。

しかし実のところ、不老不死の仙薬を探して持ち帰ろという命令は、あくまでも建前であって、実際は三種の神器を収めた契約の箱アークを日本へ運び、絶対に人目のつかない場所に隠すことだったのです。

そう、最初の徐福の日本入りは、三種の神器を収めた契約の箱を隠すためにあったのです。

そして、そこから日本では「物部神道」が出来上がったのです。

これは紀元前の話です。なのに古神道とは呼ばず、物部神道と呼びます。ということは、江戸時代末期から明治初期にかけて使われた「古神道」は本来なら誤った呼称なのです。

因みに、物部神道は紀元前に作られた宗教なのでユダヤ教と最も近く、ヤハウェだけを信仰していた可能性が高いです。

一度中国へ戻った徐福は、再び日本に向けて大船団を率いて出発します。

 

そして日本に上陸するのですが、二度目の上陸は西日本側でした。

この時、徐福が引き連れてきた大集団は、地は中国からやってきてますが、実際は徐福も含めてヘブライ人だったのです。

当時の日本列島は、今のような形ではなく、九州も四国も割れておらず一つの大地として繋がっていました。そしてそこに住んでいた先住民が熊襲(くまそ)です。

この熊襲に、徐福は祭祀(レビ)集団として婿入りをします。つまり、熊襲とイスラエルのレビ族の血を引く民族とが混血をしたのです。

そして混血が繰り返されることで、後にその血を引く女性として生まれたのが卑弥呼です。

 

因みに、京都府与謝郡伊根町新井にある「新井崎神社(にいざきじんじゃ)」も徐福渡が上陸した地として有名です。

 

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    除福伝説はあちこちに残されてますね。青森県に戸来村という場所がありますが、ヘブライがなまって戸来(ヘライ)になったのでは?と聞いた事があります。ちなみに青森県には純日本人なのに顔の造りが東洋人的ではなく、ほりが深く鼻の高い人がいます。

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