(16)ユダヤ人が成功する理由【失われたイスラエルの十支族⑦】

前にも述べたように、当時は「一夫多妻制」が当たり前でした。

なので、ダビデには複数の妻たちとの間に沢山の息子がいました。

その中でも、バテシバとの間に産まれた2人目の子供が「ソロモン」で、後に王となります。

ソロモンは父であるダビデよりも、さらに女性にモテたらしく、分かっているだけで正妻700人、側室(今でいう愛人)を300人囲っていたと言います。

 

ソロモンと言えば知恵者として有名ですが、その知恵はどこから来たのか?

ある日ソロモンは夢を見ますが、その夢の中で、神に「お前に何か好きなものを1つ与えよう」と言われます。

そこでソロモンは「民衆を正しく裁くために、善と悪をわきまえる知恵が欲しい」と言います。

夢の中の神は、本当にソロモンに知恵を授け、さらにはソロモンが求めなもしなかった富や栄光をも授けたのでした。

 

ソロモンのことを噂で聞いた、シバ国の女王…つまり、シバの女王(エジプトとエチオピアを支配してたと言われる)は、自身の悩みを解決するため、またソロモンの知恵を試しに、大勢の付き人とともにエルサレムにやって来ました。

シバの女王の質問に、ソロモンはすべて即答したので、感激したシバの女王はソロモンを褒め称え、運んできた宝の品をソロモンに贈りました。

とても優秀なソロモンの子供が欲しいと思ったシバの女王は、ソロモンと体の関係を結んで、シバ国へ帰っていきました。

因みに、エチオピアの王メネリク1世は、ソロモンとシバの女王の間にできた息子ではなないかと言われています。

シバの女王は、エジプトの隣国であるエチオピア人(黒人)だと考えられます。

日本人男性特有のYAP遺伝子は、チベット人にはありますが中国人や韓国人には殆どありません。

つまり、日本人とチベット人はよく似ていますが、同じアジアの黄色人でも中国人や韓国人は、日本人とは違うことになります。

なのに、なぜかアフリカのエチオピア人にはYAP遺伝子があるのです。

これは、ソロモンとシバの女王の間にできた子から派生したからだと思われます。

しかもエチオピアの音楽は独特で日本の演歌を思わせます。

おそらく、ソロモン王の時代の音楽は日本の演歌のような曲であり、その文化がエチオピアにも残り、日本へは渡来人が持ち込み、それが演歌として残ったと考えられるのです。

 

エチオピアの歌

実際にエチオピアの街に行くと、現地の人は聴き心地が良いのか、日本の演歌がよく流れていると言います。

 

父のダビデを継承したソロモンは、イスラエル王国に大きな繁栄をもたらし、王家の生活はダビデの時代とは比較にならないほど豊かになりました。

ソロモンは海外貿易を盛んにし、その商業活動によって莫大な利益を得たり、銅の採鉱ビジネスでも成功しました。

さらには、数々の建築事業にも着手し、エルサレム神殿の建設まで行います。

神殿の完成までには7年がかかったと言います。

エルサレム神殿は純金で覆われた豪華絢爛な建物でした。

この神殿に父ダビデがエルサレムに運び入れたアークが、ソロモンによって安置されました。

交易が盛んで商業活動も活発でしたので、これが貨幣経済の発展につながり、それに伴って貧富の差が大きくなります。

貧富の差は現代の私たちの社会でも起きていることで、今からおよそ3000年も昔から、人間社会の根本的な営みは何も変わっていないのです。

 

神殿や王宮などの建築には、およそ20年の歳月がかかっていて、その間は強制労働させられた人たちがいます。

王家が繁栄したのは、多くの民の苦しみと犠牲があったからです。

交易で得た収益が大きくても、その多くは王家に留まり、すべての民衆までは行き渡りませんでした。

ソロモンは、3万人の強制労働者を集め、1ヶ月交代で1万人ずつをレバノンに送り、レバノン杉の運搬をさせました。(神殿は木造建築で、レバノン杉が使われたため)

レバノン杉

彼らは奴隷ではありませんでしたが、富の恩恵を受けれず、重税にも苦しみ、その不満がやがて反乱を起こさせます。

40年にも及ぶソロモンの統治でしたが、イスラエル国内で反乱が頻発するようになり、やがてイスラエル王国の崩壊へと繋がるのです。

 

民衆の不満の一つとしてソロモンの女性関係の多さがありました。

一夫多妻は当たり前とはいえ、また女性好きが父譲りとはいえ、700人の妻と300人の愛人は、さすがに多すぎたのかもしれません。

 

ソロモンは国内支配を強めるために、官僚制度の導入をエジプトから学び、エジプト女性を迎え入れました。

父ダビデは、女性好きという欠点により過ちを犯していますが、神への献身さは一途でした。

神がダビデを許したのは、ダビデには素直な気持ちがあったからだと思われます。

神は人間の素直さを一番大切にされると言います。

過ちを犯しても、直ちに悔い改める素直さがダビデにはあったから、彼は神に愛されたのかもしれません。

 

こうした父ダビデに対して、ソロモンは女性たちが自国の神を祈ることを許しました。

異国の神をどんどん取り込んで、エルサレムではあらゆる場所に色んな神々が祀られるようになったのです。

それは神(ヤハウェ)が最も嫌う偶像崇拝でした。

また、自然の中にも神がいるとして、一神教がいつの間にか多神教(八百万の神)になってしまったのです。

 

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