(15)ユダヤ人が成功する理由【失われたイスラエルの十支族⑥】

先述したように、サウルは最初は良い王だったのですが、次第に民衆にとって好ましくない王に変わって行きます。

そして、次に王の座に就いたのが人気者の「ダビデ」です。

因みに、ずっと後に誕生することになるイエス・キリストは、このダビデの系列になります。

また、六芒星を別名で「ダビデの星」と言いますが、このダビデ王が由来しています。

ダビデは、先代の王であるサウルよりも美男子で、肉体的にもバランスが整った人物だったので、とくに女性にはモテたと言います。

詩作や音楽の才能に溢れ、武勇にも優れていました。

ダビデ像

 

さて、ある時ペリシテ軍とイスラエル軍が戦いの最中、谷を挟んで睨み合いになり、ペリシテ軍からは身長3メートルにも及ぶ巨人が前に出て、一騎打ちを挑んできました。

この男はゴリアテと呼ばれる人物でした。

ゴリアテは「お前たちが勝てばペリシテはお前たちの奴隷となる。ただし俺が勝てばお前たちはペリシテの奴隷となれ。」と言いますが、イスラエル軍から前に出る者は誰もいませんでした。

ゴリアテは「俺と戦う奴は誰もいないのか?腰抜けどもめ。」と40日間、朝と夕の2回にわたってイスラエル軍を挑発しました。

サウルが「誰かゴリアテと戦う勇気のある者はいないのか?」と問うと、ゴリアテの巨体と怪力に怖気づき、前に出るものは依然として誰もいませんでした。

そんな時、まだ少年だったダビデが「私が戦います」とサウルに申し出ます。

「お前はまだ子供ではないか。」と言うサウルに対して、ダビデは「体の大きさで勝敗が決まるとは限りません。」と主張しました。

そこでサウルは、ダビデがゴリアテに戦いを挑むことを認めます。

ダビデは近くの川から石を拾い、ゴリアテに向かって投げつけます。

子供だと油断したゴリアテの額に、ダビデが投げた石が命中し、ゴリアテはうつ伏せに倒れます。

そこへ走り寄ったダビデは、相手の剣を抜き、首を切り落としました。

これを見ていたペリシテ軍は、ダビデを恐れて逃げ出してしまいます。

ゴリアテの首をとった少年ダビデ

前にお伝えしましたが、巨人ゴリアテを倒してイスラエルの英雄になった少年ダビデに、サウルは王の座を奪われるのではないか?と嫉妬し、殺害までしようとしていました。

その後、ペリシテ軍との戦いで重傷を負い、この世を去ったサウルの後に王になったのがダビデですが、民衆の期待通り素晴らしい王となりました。

しかし、そんな彼にも弱点があり、美しい女性に非常に弱かったのです。

王になったダビデは、望めば何でも手に入る権力を持っていました。

そこに大きな落とし穴があり、神の怒りを買うことになります。

 

ダビデは王宮のベランダで一人の美女が水浴びをしている姿を目撃します。

彼女の名前はイスラエル軍の兵士ウリアの妻「バテシバ」でした。

水浴びをするバテシバ

このバテシバに一目惚れしたダビデは、人妻である彼女に接近し、ついに手を出してしまい、身ごもらせてしまったのです。

バテシバが自分の子を妊娠してしまったので、ダビデは自らの罪を隠そうとします。

その当時、バテシバの夫であるウリアは戦地に赴いていました。

ダビデはウリアを戦況報告を聞きたいと理由をつけて帰らせ、自宅で暫く過ごすように伝えます。

夫婦の営みによってバテシバが妊娠したように見せかけようとしたのです。

しかしウリアは、「部下が戦地で野宿しているのに、自分だけが妻と自宅で過ごすことはできない」と家に帰ることを拒否します。

ダビデの試みは失敗に終わりました。

その後、ダビデはウリアの上官にあたるヨアブ(将軍)に、彼を戦場で見捨て、敵陣に置き去りにするよう命令し、意図的に戦死させてしまいました。

ウリヤの死後、ダビデは未亡人となったバテシバを妻に迎えたのでした。

 

後に神は、預言者ナタンをダビデのもとに遣わします。

ナタンは、ダビデにたとえ話をしました。

「ある貧しい男が1匹の羊を可愛がっていました。一方、大金持ちの男は羊を沢山飼っていました。しかし金持ちの男は自分の羊を減らすのが嫌で、貧しい男の羊を使って、客にご馳走しました。」

これに対してどう思うか?ナタンはダビデに問いかけました。

ダビデは直ぐに「その金持ちの男を許せない。」と答えます。

ナタンは「ダビデ王、これはあなたがウリヤに対してしたことです。神はすべてをお見通しですよ。」と告げました。

ダビデと預言者ナタン

ダビデは、自分の欲望のために兵士の妻を奪い、その兵士を敵の剣で殺してしまった罪の重さをその時はじめて気づくのです。

ダビデは自らの罪を懺悔しましたが、その想いは神には届かず、ダビデとバテシバの罪を許しませんでした。

2人の間に産まれた子供は病気にかかり、数日で病死しました。

ダビデはこれを自分の罰だとして受け入れました。

 

ダビデはサウルの時代より国の領土を拡大し、都を南のヘブロンからエルサレムに移しました。

北と南に暮らすイスラエル12支族の統一王国の首都として、南北のどちらにも属していないエルサレムにダビデは目をつけたのです。

当時エブス人が治めていたエルサレムを侵略し、周囲に城壁を築きます。

さらに、ダビデは契約の箱アークを信仰の証として、新首都のエルサレムに運び入れることに成功します。

そして、それこそがイスラエルの真の王であることを神から認められたと民衆に示したのでした。

現在のエルサレムが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地とされるのは、このダビデの時代からの契約の箱アークの安置から始まっているのです。

ダビデは冷静沈着で、軍事的にも外交的にも優れた才能を発揮し、およそ40年間、王として近隣の国々を次々に征服し、統一国家を作り上げたのでした。

 

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