(27)ユダヤ人が成功する理由【八幡の神】

前回お伝えした稲荷神社と共に最も数の多い神社が「八幡神社」です。

この八幡神社と稲荷神社を合わせれば、日本の神社の8割を占めると言われ、どちらも秦氏が作った神社です。

因みに、八幡神社の総本社は大分県にある「宇佐八幡宮(宇佐神宮)」です。

宇佐八幡宮

前にもお伝えしたように、もともと古代イスラエル人だった秦氏は、中近東からシルクロードを東へ向かう中、中央アジア付近にいたとき、東方キリスト(東方諸教会)教徒に改宗し、その後、中国を経て、朝鮮半島に暫く住み着き、その一部が日本へと渡りました。

日本へ渡った一部の秦氏でしたが、当時の日本の天皇が秦氏を歓迎し、招いたため、大群を率いて日本へとやって来ました。

今日に残る日本の伝統文化は、この秦氏らによって作られたものが殆どです。

それまでにあった日本の神道も秦氏によって新たに作り直され、天皇制を作ったのも秦氏です。

物部氏や忌部氏などは、紀元前に日本に来たイスラエル系の渡来人で、紀元後の3〜4世紀頃に日本に渡ってきたイスラエル系の渡来人が秦氏だと考えられます。

秦氏はイスラエル人であり、キリスト教徒でした。とはいえ、西洋のキリスト教徒ではなく東方キリスト教です。

秦氏は日本に渡来後、もともとあった日本の神道に、原始キリスト教の要素を加えて行きました。

それは、前に紹介した稲荷神社や今回紹介する八幡神社を見れば分かります。

何度も言うように、キリスト教といっても、それは西洋のキリスト教ではありません。

カトリックなどの西洋のキリスト教は、イスラエル的な要素を排除して西洋化された宗教であり、東洋に伝わった東方諸教会(東方キリスト教)とは全く別物です。

ところで、八幡神社の「八幡」は、「やはた」と読んだり「はちまん」とも読みますが、本来は「やはた」です。

もともと、国民のための神社が稲荷神社で、国家のための神社が八幡神社でした。

13世紀(鎌倉時代)に、中国を支配していたモンゴル軍(蒙古軍)が日本を襲来したことを元寇(げんこう)と言いますが、これが九州の北部で2度行われていて、1度目を「文永の役(1274年)」と呼び、2度目を「弘安の役(1281年)」と呼びます。

この元寇の際に、非常に重要な役割を果たしたのが実は八幡神社でした。

最初の文永の役では、約28000の兵と900隻からなる蒙古軍は、長崎の対馬に上陸し、一応は日本軍と戦いましたが、暴風雨に襲われて姿を消します。

2度目の弘安の役では、最初の文永の役とは比べ物にならないほどの大規模艦隊でした。

その数は約4400隻にも及び、現在の長崎県の鷹島沖に集結。

そんな大軍と日本の武士はどのように戦ったのか?

実は弘安の役でも、暴風雨が吹き荒れ、蒙古軍の船は皆海に沈んだのです。

勿論、日本軍も命がけで戦いましたが、蒙古軍を完全に撃退したのは暴風雨でした。

2度も蒙古軍を撃退したこの暴風雨は、のちに「神風」と呼ばれるようになります。

なぜ奇跡的なタイミングで「神風」が吹いたのか?

実はこの時、亀山上皇は京都にある「石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)」に籠もり、「我が生命に代えてでも国を守って下さい」と、一晩中、八幡の神に命をかけて祈っていたのです。その結果、2度も暴風雨が吹き荒れて蒙古軍は撃退されたのでした。

石清水八幡宮

亀山上皇

そう、亀山上皇の祈りは天に届き、八幡の神は日本を守って下さったのです。

このようにヤハウェの民であるイスラエル人の血を引く日本人もまた、神に護られています。

よく、日本人が覚醒すれば凄い力を発揮することができる…と言いますが、つまりそういうことなのです。

ユダヤ人同様に、日本人も凄い力を発揮することができますし、経済的にも大成功できる力を内に秘めている、というわけです。

因みに、この蒙古軍を撃退した「神風」の名は、第二次世界大戦においても「連合国を撃退する」という意味で、戦闘機の体当たり部隊に対しても用いられました。それが「神風特別攻撃隊」で、いわゆる「神風特攻隊」です。

話をもとに戻しますが、亀山上皇が徹夜で祈った石清水八幡宮も秦氏がつくった神社です。

そこには造化三神の最初の神である天之御中主神が祀られています。

造化三神も、もともとは秦氏が信じていた原始キリスト教の三位一体の神です。

その中で天之御中主神は、聖書で言う「父」…つまりヤハウェのことなのです。

実際に、天之御中主神は「天の真ん中の主なる神」と書きます。

ヤハウェも天の真ん中の主なる神だということは、両者は別名の同じ神なのです。

それにしても、なぜ八幡神社の「八幡」を「ヤハタ」と呼んだのか?

これは最初に「ヤハタ」という音があり、それに「八幡」という漢字が後から当て嵌められたのです。

では、「ヤハタ」とはいったい何を意味するのか?

ヘブライ語で、「ヤー(神)」と「ハタ(秦)」で「ヤハタ」となり、これは「秦氏の神」を意味するものだと考えられます。

因みに、ヤーは、ヤハウェを短縮した名前だと考えられます。

事実、聖書にもヤハウェだけでなく、短縮された「ヤー」が何度も出てきます。

例えば、下記の動画をご覧下さい。

この動画のように、「ハレル・ヤー」は、もともとヘブライ語から来ている言葉で、その意味は「神(ヤハウェ:ヤー)を褒め称えよ」です。

そして、天之御中主神(アメノミナカヌシ)は、ヤハウェを日本風に表現した名前です。

因みにヤハウェとは、人の名前と同じで神様の固有名詞です。

例えば日本では「神様」と言いますが、英語では「ゴッド」、ラテン語では「ゼウス」、アラビア語では「アッラー」など…こうした普通名詞は、言語によってコロコロ変わります。が、固有名詞はどこの国に行っても変わりません。

ヤハウェは固有名詞なので、どこに行っても変わらないのです。

しかし、ヤハウェのことを「エホバ」とも呼びますが、これはなぜかと言うと…

下図をご覧下さい。

①はヘブライ文字で書いたヤハウェです。(ヘブライ文字は右から左に読みます)

これにローマ字を当て嵌めたのが②で「HWHY」となります。

ローマ字は左から読むので、左からに並び替えると「YHWH」となります。

この間に母音(図の赤文字)を入れると「YeHoWaH」となり「エホバ」と読みます。

しかし、この母音の付け方は間違いではないか?ということで、後に「YaH-WeH」となり、「ヤーウェイ」や「ヤハウェ」と呼ぶようになったのです。

そして、その意味はヘブライ語で「彼はある」を意味する名前です。

この神は「私は『私はある』という者である」「有りて在る者である」と言われました。

これは分かりやすく言えば「永遠である者」…という意味です。

例えば、私たち人間の魂は永遠であり輪廻転生している…とは言え、死ねば一旦この世からいなくなるので、有って無いようなものです。

しかし、神はずっとなくならない永遠に実在する者だから「私は有る」なのです。

しかも殆ど知られていませんが、「ヤー」は言霊の中でも最も聖なる音なのです。

日本の神道では、とにかく「ヤ(八)」と付く名称が非常に多いです。

神社だけでも…

  • 八幡神社
  • 八咫烏神社
  • 八重垣神社
  • 八雲神社
  • 八重山神社
  • 八槻都々古別神社
  • 八心大市比古神社
  • 八坂神社
  • 八代宮
  • 八代神社

…など沢山あります。

神社以外にも、「八百万の神」や「八咫鏡」など…

しかも、日本は昔は「八島・八洲(やしま)」とも呼ばれていました。

古事記では、日本は八つの島から出来ているから…と書いてありますが、実際は八つの島ではありません。

八島と呼ぶ本当の理由は、「ヤー(神)」の島だからです。

秦氏は八幡神社においても、この日本という国においても、ヤハウェの神を祭っていたということです。

だから日本は「神の国」と言われるのです。

 

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