タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

巻物を書くことについての戒律

トーラーの巻物を書くことについては特別なミツバがあります。

それを書く書士を雇用すること、欠陥がある巻物を補修することも、この戒律を満たすことになります。

このミツバはトーラーの613の戒律の最後にあるものです。

それであなたがたは今、この歌を書きしるし、イスラエルの人々に教えて、その口に唱えさせ、この歌をイスラエルの人々に対するわたしのあかしをならせなさい。

トーラーを歌と呼ぶことは、これが単なる要求ではなく、私たちの暮らしに美しさを加えるものであるということを思わせてくれます。

また、ここにある法自体が詩情を持って呼びかけているものであり、人間の理屈の産物では無いことを思い出させてくれます。

タルムードでは、この戒律を実行するものはあたかも、シナイ山でトーラーを受け取ったかのように考えられるとしています。

この考え方は、完全なトーラーの巻物はモーセが書いたオリジナルのコピーという位置付けではなく、その子孫であり継承者です。

これは前に「週日のトーラー朗読」説明した内容と一致します。

学びのために他のトーラーのテキストを手に入れることも、この戒律を実行することの一部です。

トーラーでは、巻物を書くことの目的を「イスラエルの子らに教える」ことだとしています。

他のテキストによってユダヤの人々にトーラーを教えるという目的に近づくことになるのであれば、これは二次的なレベルでのミツバの達成を意味します。

トーラーの巻物を売ること

お金が必要になったからといって、トーラーの巻物を売ってはいけません。

例外として認められるのは、トーラーの学びの資金のため、或いは、結婚の持参金のために売られる場合です。

最低限の生活のお金に困ったときでさえ、トーラーの巻物を売ることは適当では無いとされ、そのような場合は寄付を受けるべきとされています。

一般的にユダヤ法では、家計を維持するために他の手段があるのであれば、寄付を受けるべきではないと厳格に定めているので、これは少し驚くべきことです。

品位を落とすような仕事でさえ、寄付のお世話になるよりは好ましいと考えられています。

なぜ、トーラーの巻物に関しては例外が設けられているのでしょうか。

実際、巻物を売る人は、巻物を軽く見ているわけでは全くありません。

この決まり事は、寄付に頼る前に家庭の基本的な道具を売るべきではないというルールから来ているのかもしれません。

トーラーの巻物を同じ位置付けにすることで、トーラーを学ぶことは生活にとって基礎的な必要事項であると強調しています。

一方で、トーラーを学ぶために巻物を売るのが許されていることは、トーラーを世代から世代へ受け渡していくこと(メソラ)への個人レベルでの貢献を強調しています。

トーラーの巻物がモーセによって書かれたオリジナルの巻物の生きた分身であると考えられるように、トーラーの教師はモーセ自身の生きた化身と考えられますから、これは明らかに優先されるべきことのように思えます。

そしてもちろん、ユダヤ人の家族がいなかったら、メソラはそこで完全に止まってしまいます。

そのため、結婚することはトーラーの巻物を持ち続けることよりも優先されるのです。

これらの目的のためならば、寄付を受けることにも賛成できるのではないでしょうか。

実際にほとんどのユダヤ人の共同体は、トーラーを学ぶことや、極貧の新郎新婦の結婚をサポートするための特別な基金を持っています。

もしかすると、トーラーを学ぶことと結婚生活には、寄付を受けるときには得難いような、品位と独立心に対する特別な感覚が必要なのかもしれません。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

 

2 件のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    「品位を落とすような仕事でさえ、寄付のお世話になるよりは好ましいと考えられている」という記述が衝撃的でした。しかしよく考えてみるとその通りだと思います。被災した方などには申し訳ありませんが、いつまでも寄付や助成にしがみついて生きることは人生本来の「道」ではないような気がします。それぞれ考えは違うと思いますが、もし私ならそこに幸せを感じることは出来ません。

  • 伊藤 より:

    トーラーの承継につながる事は尊い事であり、それはユダヤ民族として優先されるべき事なのですね。
    民族レベルでの承継に対する確固たる意識は、正に繁栄の基と言えますね。

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