タルムードと神道(83):禁じられた金利についての法

トーラーではユダヤ人に対する融資に金利を請求することを厳しく禁じています。

この厳しい禁止事項については、トーラーの中でも複数回言及されており、金利を受け取る貸し手だけでなく、借り手、またその融資取引に法的有効性を与える書記官や証人にも適用されます。

ラビ・ガンツフリードは、トーラーと賢人たちが厳しくこれを禁じなければならなかったのは、会衆が金利を受け取ることを何らおかしなことだと考えていなかったからだと説明しています。

それどころか、融資はこれに関心を持つ人にとって素晴らしい利益をもたらすものでした。

なぜ融資が儲かるということが特別な誘惑を生むのでしょうか。

トーラーでは、数多くの一見罪が無いように思えることを禁じています。

食べ物に関する掟について、トーラーと賢人たちはユダヤ人がその掟を蔑ろにするとは考えませんでした。

私たちは、個人的な振る舞いに関係するような、自分の知識の及ばない「宗教的な」禁止事項を簡単に受け入れます。

しかし、禁じられた金利と禁じられた食べ物の間には違いがあります。

私たちは一般的に、トーラーが社会的な振る舞い(人と人の間の関わり)を禁じているのは明白な道徳的、倫理的理由がある時のみだと考えています。

では高利貸しについての道徳的または倫理的な欠陥とは何でしょうか。

姦通や盗みや過剰な請求が社会にダメージを与えることはよく分かります。

しかし、数百年間に渡って、社会は金利付きで融資を提供する信用市場から利益を得てきたのです。

トーラーは、金利を請求することの何がいけないことだと言っているのでしょうか。

融資は、取引に参加する両者の立場が対等である他の事業取引とは違います。

売買においては、それぞれの側が相手の求めるものを持っています。

買い手は売り手の商品を求め、売り手は買い手のお金を必要としています。

しかし融資においては、貸し手は「持てる者」であり、借り手は「持たざる者」です。

もちろん、両者ともに借り手の将来がより良いものになることを望んでいますが、融資が返済されるまでは、貸し手と借り手の間には明らかな地位の不公平があるのです。

借り手はあらゆる面において従属的な立場にあります。

経済的に劣っており、個人的に恩義を受けており、法的には貸し手に服従しています。

聖書は、借り手の立場を奴隷になぞらえています。

富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。

貸し手と借り手の関係は、主人と奴隷の関係のミニチュア版なのです。

もちろん、この関係は多くの場合自発的であり、互いに利益のあるものですが、人間の尊厳を傷つけるものであることは強く感じられます。

あらゆる近代の社会は、たとえ双方の合意があったとしても奴隷制を禁じており、トーラーはこれを禁じてはいないながらも、強制労働を厳しく妨げています。

主は私たちに「イスラエルの人々は、わたしのしもべだからである」と言われています。

そして賢人たちはここから、「わたしのしもべ」と言われているのはつまり、「しもべ(他の人間)のしもべ」では無いということであると推察しました。

この推論の通り、タルムードではあまりに従属的な雇用契約は許されないことであると述べています。

金利を請求しないとしても、借り手が従属的な立場にあることには変わりありません。

これは、借り手の困窮がもたらした必然的な結果なのです。

トーラーは、時として奴隷状態が必要であることを認めるのと同様に、お金を貸すことが時には必要であることを認めています。

しかし、これら二つの決まりは困窮した人のためのセーフガードとして働くのです。

ユダヤ人の奴隷は6年間の労働の後に解放されますが、その6年間の間、ユダヤ人は搾取されたり貶められたりすることなく働きます。

借り手は、いつ借りたかに関わらずシェミターの周期の最後には奴隷を解放しますが、借りている間金利を請求されません。

金利の請求と奴隷を貶めることへの禁止は、聖書において連続した節において扱われていることから、この類似性が強調されています。

金利付きの融資をある種の奴隷制度のミニチュア版と考えると、利息が禁じられていることの具体的な側面を理解しやすくなります。

利息の禁止がややこしいのは、これが借り手に対しても禁止事項となっていることです。

多くの古の法体系は高利を悪いものとしていましたが、その理由は過剰な請求にも似た、不公平な請求だと見られたからでした。

被害者に高利で騙されることを禁じる法はありません。

しかしながら、奴隷制度については、トーラーが認めていないのは特に奴隷の側についてであり、主人の側ではありません。

奴隷が法的に求められる期間を超えて主人の元に留まろうとするときには、耳を刺し通される必要があります。

タルムードではこの儀礼が選ばれていることについて、シナイ山で「イスラエルの人々はわたしのしもべである」という主の声、そして「しもべのしもべではない」ということを聞いた耳が、自分のために別の主人を持とうとするのであれば、刺し貫かれる必要があると説明しています。

ユダヤ人は皆、自分の自由と尊厳を守る義務があります。

高利を奴隷制度になぞらえるならば、この禁止事項が貸し手だけでなく借り手にも適用されることが理解できます。

非ユダヤ人から利息付きの融資を受けたり、融資したりすることは禁じられていないが、できれば避ける方が好ましい。

この禁止事項は同じアプローチで理解できます。

もし利息を受け取ることがある種の盗みであると考えられるのであれば、商取引において非ユダヤ人から盗んだり彼らを騙したりすることは許されていないので、非ユダヤ人だからと言って許容されることはありません。

仕事上で前向きな関係を維持することは、理想的には非ユダヤ人に対しても当てはまるのが良いですが、実際にはユダヤ人同士においてのみ求められています。
 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

タルムードと神道(52):ハッラーの法

タルムードと神道(53):肉に塩を振ること

タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

タルムードと神道(55):非ユダヤ人が整えた食べ物

タルムードと神道(56):食事の前に食べること

タルムードと神道(57):☆儒教と神道を合体させた理由

タルムードと神道(58):パンを食べるために手を洗うこと

タルムードと神道(59):パンをちぎること

タルムードと神道(60):食事の間の振る舞い

タルムードと神道(61):食事中に祝祷を必要とする食べ物

タルムードと神道(62):食後の祈り

タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

タルムードと神道(66):焼かれた食べ物についての祝祷

タルムードと神道(67):ワインについての祝祷

タルムードと神道(68):食事の前の祝祷

タルムードと神道(69):結びの祝祷

タルムードと神道(70):食べ物についての祝祷

タルムードと神道(71):果物のジュースと野菜のゆで汁

タルムードと神道(72):中心となる食べ物と従属する食べ物

タルムードと神道(73):食べる前の祝祷の順番

タルムードと神道(74):正しく唱えられなかった祝祷

タルムードと神道(75):追加の料理についての祝祷

タルムードと神道(76):香りについての祝祷

タルムードと神道(77):喜びと悲しみについての祝祷

タルムードと神道(78):自然の驚異についての祝祷

タルムードと神道(79):特別な助けに対する感謝とその助けを求めること

タルムードと神道(80):商売の上での公平な取引

タルムードと神道(81):圧迫的な言葉と他人を欺くこと

タルムードと神道(82):禁じられた食べ物を事業で扱うこと

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず ということですかね。
    謙虚で誠実に行かなければいけませんね。

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