タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

日本人においても「手を洗う」という行為は、穢れを祓うことになり、これは禊を意味しますので極めて重要です。

神道でも、神社で参拝する前に自分を清潔にするために、手を洗い、口を濯ぎます。

この起源は古事記において、伊邪那岐命(イザナギノミコト)が黄泉の国に伊邪那美命(イザナミノミコト)を連れ戻しに行った後、穢れてしまったので川で禊を行うことが由来しています。

是以、伊邪那伎大神詔「吾者到於伊那志許米志許米岐穢國而在祁理。故、吾者爲御身之禊」

これは、イザナギノミコトが、「私は大変ひどく汚いもの、とんでもなく汚いものを見てしまった、穢れた国に行ってしまった。ゆえに、体を禊ごう」と言って、川で裸になり、体を洗わった。・・・これが禊の起源です。

なお日本では、食事前や帰宅後に、手を洗い、嗽(うがい)をするのは一般的ですが、海外では一般的ではありません。

とくに嗽に関する習慣は日本独特のもので、世界的に見ても、嗽を行う習慣を持つ民族は珍しいとされます。

この嗽は、インフルエンザなどの感染予防にも役立ちますが、それだけではなく、起源的に言えば、穢れを禊ぐということです。

また、日本人は風呂に入ることを大変好む民族ですが、それはこの禊がルーツだと考えられます。

事実、海外へ行ってみると分かりますが、日本人が異常までに潔癖であることが分かります。

例えば、欧米人などは肌が白くて、一見、清潔に見えますが、毎日風呂に入っている人は少なく、3日に1度や週に1度というペースで入る人が多いようです。
さらに言うと、風呂と言っても彼らにとってはシャワーが一般的ですが、その日に全てを洗わず、今日は脚だけ、明日は頭だけ、明後日は腕だけなど・・・身体のパーツごとに洗っている人も多いです。

 

禊ぎについて

禊には…

  • 水による禊(手洗い、嗽、風呂)
  • 火による禊(火打ち石)
  • 言葉による禊(祝詞)
  • 身体による禊(礼法)
  • 呼吸による禊
  • 印を結ぶことによる禊

などがあります。

 

また、「道」と言えば武士道が思い出されますが、本来、武士の「武」とは、字を見れば分かるとおり、二つの戈(ほこ)を止めるという意味があり、武術とは、自分も負けず、相手も負けさせないことをモットーとします。

なぜ、相手を負けさせないのか? これは外国人にはなかなか理解できないことでもありますが、これこそ日本人の礼儀なのです。

合気道の達人・塩田剛三 氏は、「合気道で一番強い技はなんですか?」と聞かれた時、「それは自分を殺しに来た相手と友達になること」と答えています。

その中で最も大切になるのが、自分を禊ぎ、エネルギーの状態をナチュラルにする…つまり「零」の状態にする、ということです。

塩田剛三

 

零の状態になると、自然と相手にエネルギーを流し込んで、相手を遠隔でコントロールすることが可能となるのです。

この時に相手の腕を動かしてやろう…などのエゴが出てくると、相手は抵抗が生じます。

相手と同化して、エゴがない状態で力を流すと、相手は無抵抗でその力に従います。

 

 

相撲の世界

例えば、相撲の本質も外国人にはあまり理解できないとされます。

第69代横綱・白鵬は、よく相手の力を受けずに、いなす(相手の体をかわす)ことで非難されることが多いですが、これは白鵬がただのテクニックで相撲を取って勝っているからです。
横綱であっても、外国人である白鵬は、本当の相撲の意味を分かってないとも言えるのです。

 

相撲道という「道」の世界では、相手の力をまずは受ける…最低限これが礼儀であり、それから勝負に挑むというのが相撲の正しい取り組みです。

また、外国人…とくに欧米人には、相撲の「仕切り」の意味が分かりません。

因みに、「仕切り」とは、土俵上で両力士が互いに呼吸を合わせながら立ち合いの身構えを行うことを言います。

仕切り

 

例えば、プロレスやボクシングなどではゴングを合図に試合が開始されますが、大相撲にはこうした合図はありません。

行司が「ハッケヨイ」と言ってますが、あれは始まりの合図ではなく、大相撲では両力士の呼吸が合ったとき、はじめて始まるのです。

なので、外国人は「仕切り」という呼吸を合わせて立ち会う…という行動が理解できず、合理的ではないと考えます。

立ち合い

 

日本人は、呼吸を合わせる大切さが理解できても、外国人にはそれが理解できないのです。

基本的に相撲は、神道の儀式なので呼吸を合わせることが非常に大切とされます。

相撲が神道の儀式である証拠として、昔はどこの神社にも相撲が取れるように土俵がありました。(現在は無いところが多い)

 

そして、行司の姿は宮司であり、土俵の形は上から見ると日の丸で、屋根は神社と同じく千木があります。

 

勿論、これらはユダヤと関係していて、大相撲には西と東の「三役揃い踏み」で、力士がシコを踏む際の三役の並び方を見れば分かりますが、東は上向きの三角形の配置で、西は下向きの三角形の配置で、これを重ねるとユダヤの六芒星が浮かび上がります。

 

これは伊勢神宮の内宮と外宮の配置構造とも同じです。

 

このように、相撲などの「道」は、神道であり、礼法が大切なのです。

そして本来、礼法とは禊であり「礼に始まり・礼に終わる」とは、その道の達人になると、礼の時点で、どちらがより零の状態になるかが決まると言われます

また、お辞儀や正座の中にもエネルギーが通るような工夫が含まれています。

日本はとにかく「祓い」と「禊ぎ」の文化で、普通に生活をしていたときに、自然または無意識についてしまう穢れを祓い、禊ぎ続けることで、神を迎えるのに相応しい環境を作ることができるとされています。

清潔感や気品や礼儀といった美しい所作や、清潔な感覚は、神を敬い、全ての生命が神であるという八百万の神の信仰を持つことで身につきやすくなります。

日本人は宗教を忘れて、なお清潔な民族でありますが、綺麗に毎日を過ごすためには大和民族である私たちのルーツを知ることが最も大切なのです。


本日の課題

普段自然と行なっていた手洗い、嗽、風呂が、病気予防の効果だけではなく、禊ぎの意味が込められているということを認識して下さい。


これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

4 件のコメント

  • ji120152-2723@tbp.t-com.ne.jp より:

    相撲は神道であることを知ると、相撲をさらに興味深く観ることができます。

  • zipang044kwsk@au.com より:

    日本には、禊ぎと祓いの文化が
    根強く残っていたのですね。
     
    改めて日本の文化は
    すごいなと思いました。
     

  • まぐくる より:

    全ては古事記「伊邪那岐」「伊邪那美」から創世されており、普段の手洗い等が禊になり崇高な伝統を引き継いでいかなければならないと感じました。

  • 伊藤 より:

    手洗い、うがいは穢れを払うための禊である事が、よく分かりました。
    禊であることを意識して実践して参ります。
    また、礼法(禊)は、神を迎えるのに相応しい環境作りである、ということは
    裏を返せば、礼法(禊)がなければ、穢れが積もり積もってしまい、神もお迎えできない・・
    礼法の実践は、神様に向かう姿勢ということだと理解致しました。
    ありがとうございます。

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