タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

何かの手違いや仕方のない事情があって毎日3回の祈りを果たすことができなかった場合は、直後のアミダーの祈りで埋め合わせをすることができます。

祈りのための定められた時間は、主なる神は私たちの「上司」であり、私たちを使わしめられる主人であることを思い出させてくれます。

もし、やむを得ない事情でこの約束が破られた場合、次の機会にこの「逃した商談」をやり直すことができます。

まずその時間に祈るべき祈りを済ませ、その直後に埋め合わせの祈りを捧げます。

例えば、もしやり残した仕事があるとしたら、時間が経ってしまったその仕事をすぐに始めるのが自然であり、至極真っ当です。

このことが、なぜ時間通りの祈りを済ませた直後に、埋め合わせの祈りを捧げなければならないのか?ということの説明になります。

時間をおいてしまうようなことがあれば、主なる神からの呼びかけであるという、定められた祈り全体のコンセプトを否定することになります。

 

ムサーフ

ムサーフの祈り(犠牲の祈り)は、ロシュ・ホデシュ(新月)の日に唱えられ、祭日には一日を通して唱えられるが、次の日に埋め合わせすることはできない。

これは、ムサーフの祈りがその日に捧げられたムサーフの生贄に対応するものだからです。

この生贄は普通、朝に捧げられますが、一日の中のいつでも捧げることができます。

しかし、ムサーフの供物はこれを義務付ける祭日と密接に結びついているので、その祭日が終わった後に捧げることはできないのです。

 

ロシュ・ホデシュ

もしロシュ・ホデシュのミンハー(捧げもの)の祈り(午後の祈り)にヤーレ・ヴェヤヴォの祈りを加えるのを忘れた場合には、義務を果たすことができません。

そうであったとしても、損なわれたミンハーは夜のマアリーブの祈りを2回捧げることで埋め合わせすることはできない。

この理由はとてもシンプルです。

繰り返された祈りは、すでに捧げられた祈りと同一のものなので、それ自体を埋め合わせることはできません。

この法は、祈りは義務を満たすためだけに捧げるものではないことを私たちに教えています。

不十分なロシュ・ホデシュの祈りは、法を満たさなかったかもしれませんが、それでも私たちは確かに心を主の前に打ち明け、主は確かにそれを聞かれたのです。

そのため、埋め合わせとして全く同じ祝祷を唱えても得られるものはありません。

 

本日の課題

1:今回の学びで感じたことをシェアしてください。


これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

2 件のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    神を上司になぞらえている表現が面白く、的を得ているように感じました。やむにやまれぬ事情で実行出来なかった場合、祈りも商談も敬意をもってやり直すことが順当ですね。

  • 伊藤 より:

    祈りにも様々な厳しい戒律がありますね。
    本当に神道とは真逆の感があります。
    これも、表と裏、表裏一体という事でしょうか。
    双方を学ぶことが、陰と陽を結ぶ事にもなると感じております。

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