タルムードと神道(57):☆儒教と神道を合体させた理由

宗教を合体させることを、混淆(こんこう)と言いますが、これは人間の心理として、自然に行われることもありますし、布教のために人為的に行われることもあります。

実はこの混淆は、古くから多くの宗教で行われていることで、キリスト教のマリア信仰も、もともとは古代エジプトにあった母体信仰と混淆する形でエジプトに浸透したものですし、シーア派はペルシャの土着信仰とイスラム教の混淆という説もあります。

シーア派とは…
イスラム二大宗派の一つで、多数派スンニ派に対立する宗派。
ムスリム全体に占める割合は約15%に過ぎないが、国民の9割以上がシーア派であるイランのように、シーア派が多数を占める国もある。
シーア派とスンニ派の対立は、預言者ムハンマドの後継者問題に始まる。

日本の場合、もともとは「大皇(おおきみ)」、「天皇」を教祖とする神道があったところに仏教を導入しました。

これは主に律令制を導入するために戒律のある宗教が必要だった可能性が高く、また、当時先進的だった中国の文化を導入する過程で、その思想など様々なものに仏教が一緒にくっついて
きた側面もあります。

例えば、日本の古文では「はらから」を「兄弟」と訳しますが、正確には「腹から同じ」であり、同母兄弟のことで、異母兄弟と別の呼び方になっています。

なぜなら、日本文化にとって、その2つがわずかに存在する禁忌婚制度により、明確に区別されなければならなかったためです。

はらから とは…
同じ母親から生まれた兄弟姉妹。また、一般に兄弟姉妹。 同じ国民や同胞のこと。

これはイトコとの結婚が制限されていたり、一夫一婦制により異母兄弟があまりいない民族だったり、異母兄弟と同母兄弟を区別しない民族だったりすると、生成されない語義と言えます。

言葉は認識なので、虹の色の数が日本では7色ですが、英語では6色、西アフリカでは4色だったりなのと同じことです。

裏を返せば、日本人が漢語を学ぶ上で、仏教の概念を必須とした可能性は高いです。

その仏教をわざわざ神道と分離したのが明治維新ごろの廃仏毀釈です。

江戸時代においては、民衆の3割ぐらいしか天皇の存在を知らなかったため、その権威性を浸透させるために儒教を混淆したのです。

ただ、この江戸時代にも武士を中心に儒教は強く浸透してたとされます。

この続きは、また後日。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

タルムードと神道(52):ハッラーの法

タルムードと神道(53):肉に塩を振ること

タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

タルムードと神道(55):非ユダヤ人が整えた食べ物

タルムードと神道(56):食事の前に食べること

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    日本は尋常ではない頭脳の持ち主が陣頭指揮を執って来たんでしょうね。しかしそれは私利私欲のためではないと思います。そうでなければ2600年も続かないと想像できます。
    すべては「国体のため」または「神のため」という事なのでしょう。
    指揮者の想いは単純でも、個々にレベルの違う奏者を指揮して演奏を成立させるのは至難の業ですね。

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