タルムードと神道(27):メズザ

ユダヤ人の家は、門柱の右側に「メズザ」があります。

メズザは、トーラーの2つの節が書かれた羊皮紙の巻き物で、トーラーはこれを「あなたの家の入口の柱と 、あなたの門」に書きつけるように命じています。

これらの節は、祝祷の最初の2つのパラグラフ(文章の段落・節)でもあります。

一般に広まっているメズザとは、家を守るものです。

補足

メズザとは「門柱」の意味し、ヘブライ語では下記のことを意味する。

トーラーのミツバによってヘブライ語の銘刻文を記した羊皮紙、またはそれを入れた箱。
それを取り付けたドア、門、アーチの側柱、門柱。
メズザは613のミツバの一つであり、ユダヤ人の家屋、シナゴーグに設置され、また商業において使用される。

上記の箇所の入り口側に、斜めに取り付けられ、部屋に入るたびに手を当てて祈る。

メズザ

この説明は多くの典拠(故事・成語、引用文、また引用された語句などの出所である書物)によって支持されています。

例えばミドラッシュでは、偉大なタルムード学者であり、指導者であったレベ・ユダ・ハナスィがパルティア王アルタバノスに、彼の身を守る特別な贈り物としてメズザを贈ったと書いてあります。

またゾハールには、メズザのおかげで破壊をもたらす天使が家に入ることを防ぐことができると記されています。

その一方でラムバムは、主と主への愛情、そして主の恵みをより強める役割を果たすはずのメズザを無知な人々は、ただの飾りのように扱っていると嘆いています。

これらの典拠を注意深く見れば、ほとんど矛盾が無いことが分かります。

レベ・ユダ・ハナスィは、メズザが持つ特殊な力を箴言(しんげん:ユダヤ教では「諸書」の1つであり、キリスト教では知恵文学の1つとして『詩篇』の後に置かれる)の一節である「これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを守り」から説明しています。

メズザの守護の力は間違いなく、主が「あなたが歩くとき、あなたを導く」ことによって、あなたを強くする能力に由来しているのです。

ゾハールにおいても、メズザを仰ぎ見て、主を思い出すことによって持ち主が守られると説明しています。

結局のところ、メズザのおかげで戒律を実践する力が強くなることにより、私たちは守られるのです。

どのような入り口に設置しなければならないか?

家の中の全ての部屋にメズザが無くてはならない。

全ての部屋にメズザが無くてはならないということは、1つの領域(1つの行いのなされる場所)から、別の領域に移るたびに、主の存在に対する意識を新たにし、新たな場所において主の御名を祝福するのに相応しく振る舞わなくてはならないということです。

主に仕えるために、ある環境において最善な方法が、他の環境において適切であるわけではありません。

特に建物の入り口にメズザを置くことで、新たな仕事に取り組む最初の段階において、主に対する意識を思い出すことができます。

メズザの置き場所

メズザは、家または部屋に入る時の右手側に置きます。

タルムードでは、「beitecha(あなたの家)」という単語は、「biatcha(あなたが入る時に)」と訳せると指摘しています。

メズザはポジティブな意味を表し、物事の優勢な側面である右側に属するものであり、具体的には部屋に入る時の右手側に置くものとされています。

その結果、部屋を出るときには、メズザは左側に来ることになり、私たちはそこに聖なるものが無いことを意識することになる…とゾハールでは指摘しています。

この一見矛盾しているような内容は、次のように理解できます。

家に入るときには、メズザはよりポジティブな位置である右側にあり、私たちに「良きことを成す」よう呼びかけます。

「悪しきものが徘徊する」(81章参照)ところに向かって出て行く時には、今度は「悪しきものから離れる」ことが必要になります。

そのため、メズザが左側にあることにより、私たちが直面するであろう困難を突きつけるのです。

蝶つがいの位置

出入り口が部屋と部屋の間にあり、どちら側の向きが「入る時」であるのかハッキリしないときは、ドアは内側に開くと見なす。つまり、ドアを身体から遠ざけるように開く時が「入る時」となります。

この前提の中には、道徳的な教訓が隠されています。

それは、人々はドアを開けるときに、自分の持ち物ではない外の空間を占有するのではなく、自分の空間の方を犠牲にして、他の人には負担をかけないようにする、ということです。

2本の門柱とリンテル

メズザを置く義務がある入り口は、両側に門柱を持ち、その上にリンテル(まぐさ石)を渡したものです。

この決まりは、新たな領域に足を踏み入れるときには必然的に制限が伴うことを思い出させます。

あるところから別のところへの移動が全く妨げられなかったら、新しさを認識することは出来ません。

とくに、門にリンテルが必要なのは、新たな領域に入るときには必ず身を屈めることになることが分かります。

リンテル(まぐさ石)の例

補足

リンテル(まぐさ石)とは、古代の建築で2つの支柱の上に水平に渡されたブロック。
古代の建築では、石を積み上げた柱の上にリンテルが置かれていた。

どんな部屋に設置しなければならないか

トイレやその他の不浄な場所はメズザを免れます。

逆に、会堂のような主へのお勤めのためだけの場所も免れる。

前者は聖なる場所とはほど遠いから免れ、後者は聖なる場所だから免れます。

ミツバ全般に言えることですが、これは聖別に関する原則に従っています。

主による地上世界の創造は、主が「地下(じげ):ここでの地下は人間を指す」の住まいを手に入れる可能性をもたらしました。

ユダヤ人が地上の聖となる素質を持ったものを聖別し、この世に聖なるものが広がることを通して、この可能性は初めて現実的なものとして捉えられました。

この取り組みには、あまりにも卑しくて聖別の対象となり得ないものと、すでに聖なるものであって聖別を必要としないものは含まれません。

トーラーを学ぶ部屋

ルール通りであれば、メズザを免れますが慣習としてはメズザを付けることになっています。

この慣習は、中世の偉大な権威であるロッテンベルグのラビ・メイヤーを理想とする考えに端を発しています。

この慣習が言わんとしているところは、トーラーを学ぶ場所は生活空間の一部であるということかもしれません。

トーラーを学ぶことは日々の生活からかけ離れたものではなく、むしろ最も凝縮された生活の表れであるからです。

 

本日の課題

1:今回の学びで感じたことをシェアしてください。


これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

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タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

2 件のコメント

  • 伊藤 より:

    「メズザのおかげで破壊をもたらす天使が家に入ることを防ぐことができる」というのは、日本でいうところの
    神社の魔除けのお札やお守りと同様の神秘的な力があるのではないかと感じました。

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