タルムードと神道(67):ワインについての祝祷

ワインについての祝祷は、「蔓の実りを創りし方」である。

祝祷についての原則の一つは、具体的な祝祷ほど対象を限定して指向されているため、重要で高い位置にあるというものです。

この理由から、私たちは可能な限り祝祷を具体的にしようと努めます。

例えば、野菜はボレ・プリ・ハアダマ(「地の実りを創りし方」)、果物はボレ・プリ・ハエッツ(「木の実りを創りし方」)と唱え、より一般的なものはシェアコール(主の言葉によって生み出されたもの)と唱えます。

これについては、次の章で説明します。

普通、果物や野菜は形を変えると、より低位のものに「格下げ」されることになり、祝祷の具体性が下がります。

果物については「木の実り」、野菜については「地の実り」ですが、これが果物のジュースや野菜のすりつぶしになると「主の言葉によって生み出されたもの」というだけになります。

一般的に、果物や野菜の最も高位の完成形は自然のままの状態です。

時折、食べ物が形を変えていても祝祷が変更されないケースがありますが、これは加工された食べ物が天然の完成された性質を完璧に表しているからです(オリーブオイルはその一例です)。

小麦とブドウの場合は、加工することで祝祷の格が上がり、最も具体的な祝祷となります。

パンについてはハモツィまたはメゾノット、ワインについてはボレ・プリ・ハガフェンになります。

これらの特定の食べ物は、人の手が介在することによってのみ天然の性質が最大限完成します。

私たちはブドウをワインに加工するに当たって、蔓の実りを創りたもうた神を称賛するのです。

つまりこれらの祝祷は、世界を創造し完成させるという神の営みへの人間の関与の重要性を証明しているということになります。

ワインについての祝祷は、ワインと共に飲まれる他の飲み物についての祝祷を免除する。

パンについての祝祷は、パンのある食事の中で食べられる他の食べ物についての祝祷を免除するということを43章で学びました。

基本的に、この二つの法は同じようなものです。

「すべて支えとなるパン」と言われる大きな重要性ゆえに、食事の間に食べられる他の食べ物はパンに従属するものと考えられるのです。

そしてワインはその大きな重要性ゆえに、他の飲み物はワインに従属します。

さらに言えば、パンについての祝祷はワインを対象としません。

これは、「専用の祝祷を呼び起こす」とされるワインの特別な重要性ゆえです。

そうであってもなお、これらのルールは完全に対称的なわけではなく、パンがより重要な食べ物であることには変わりがありません。

例えば、パンについての祝祷は食べ物だけでなく飲み物についても免除しますが、ワインについての祝祷は飲み物だけを免除します。

また、パンについての食後の祝祷はワインを免除しますが、ワインについての食後の祝祷は一緒に飲まれる他の飲み物を免除しません。

このパンとワインの違いを説明するための一つの方法は、一緒に食べられる他の食べ物の置かれ方が全く異なっているという点です。

パンは食事の基礎となるものです。

パン自身が重要であることにも増して、パンは他の食べ物を補完し称賛することで重要性を付加します。

一欠片のチーズ、一枚のサラミはそれだけで食べられると軽食にしか過ぎませんが、パンと一緒に食べられることで食事に格上げされるのです。

対照的にワインはショーの主役です。

ワインと一緒に飲まれるものは何であれ、その重要さ、輝き、香り、陶酔させる力の前にくすんでしまいます。

パンが他の食べ物を強化することで従属させるのとは違い、ワインは他の飲み物の存在感を小さくすることで従属させるのです。

それぞれ異なる重要性を持ちますが、どちらがより優勢なのでしょうか。

それはパンの方です。

パンが持つ品位と、他の物を強化する能力によって得られる最も重要な要素は、他のものを補完し、称賛することです。

この理由から、これまでで最も偉大な指導者であるモーセはまた、最も品位ある人でした。

そしてモーセは自ら主に対して、相応しい人となりを持つ誰かを自分の後継者として立ててくださるように祈りました。

 

ハトヴ・ヴェハメティフ

何人かの人がワインを飲んでいて、より上質な追加のワインが得られた時は、主に感謝し、各人はハトヴ・ヴェハメティフの祝祷を唱えます。

幸運な知らせを耳にした時にも同じ祝祷を唱えます。

幸運な知らせが誰か一人に届いた時にはその人がシェヒヘヤヌーを唱えますが、数人のユダヤ人のグループに届いた時には各人がハトヴ・ヴェハメティフを唱えます。

同じように、新しいワインについて唱えられるのも、何人かでワインを楽しむ時のみです。

一人で新しい、上質なワインに出会った時には唱えません。

また、幸運な知らせを聞いた時のシェヒヘヤヌーに該当するものもありません。

ワインの楽しみは、一人で飲んでいる時には得られないようです。

 

壁を壊す

「ツィムーン」で似たような考えを確認しています。

一人でいる時でさえ、ワインの上で食後の祈りを捧げるべきであると多くの賢人が述べていますが、習慣としてはワインの上で祈らなければならないのは三人以上の時だけとされています。

ワインが独特なのは、それが人々の間の壁を壊し、人が内に秘めたものを解放する特別な力を持つからであると説明しました。

一人でいる時には当然、人々の間にある壁を壊して解放することはできません。

このことから、幸運な知らせを分かち合うことに特別な祝祷がある理由も説明できます。

楽しいことにもまた、人々の間の壁を壊す力があります。

日々の暮らしの中では誰もが、自分の目の前にあることで手一杯になっていますが、楽しい機会は特別な仲間意識を作り出します。

ハトヴ・ヴェハメティフの祝祷は、真に人と繋がる能力が私たちにあることを主なる神に感謝するものなのです。

ユダヤ人は自分の幸運や仲間の幸運を別々に祝うことはしません。

反対に、主の恵みを共に分かち合える能力をはっきりと認識しています。

言い換えればハトヴ・ヴェハメティフは、でっち上げられた人間同士の間にある制限を壊し、今ある自分たちを超えていくための祝祷なのです。

最終的には、自分たち自身を超え、集団の一部となることで、自分たちと神との間にある壁を壊し始めるのです。

ラビ・ガンツフリードは「良きものであり、良きことを為す」というフレーズの伝統的な解釈として、「主は私にとって良きものであり、他の人のために良きことをなさる」という解釈を引用しています。

他の人に対する主の良き行いを見ることによって、主が良きことを為すということを知ることができます。

しかし、個人的な経験だけでは、良きものであるということしか分かりません。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

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タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

タルムードと神道(52):ハッラーの法

タルムードと神道(53):肉に塩を振ること

タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

タルムードと神道(55):非ユダヤ人が整えた食べ物

タルムードと神道(56):食事の前に食べること

タルムードと神道(57):☆儒教と神道を合体させた理由

タルムードと神道(58):パンを食べるために手を洗うこと

タルムードと神道(59):パンをちぎること

タルムードと神道(60):食事の間の振る舞い

タルムードと神道(61):食事中に祝祷を必要とする食べ物

タルムードと神道(62):食後の祈り

タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

タルムードと神道(66):焼かれた食べ物についての祝祷

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    人間同士の壁を壊し、集団の一部に・・
    世界中の人がこのようになれば素晴らしいと思います。本来はそうなのに忘れてしまっているだけかも知れませんね。

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