タルムードと神道(56):食事の前に食べること

パンのある食事の最中にパン以外の食べ物を食べることは、食事の一部と見なされ、パンについて唱えられる食後の祈りはその食べ物については免除されます。

しかし、食事の直前に食べるパン以外の食べ物についても、同じ扱いとしてよいかについては様々な意見があります。

これは、そのような前菜について食後の祝祷が捧げられたか否かが疑わしいケースが頻繁にあるからです。

この問題を回避するための一つの方法は、きちんとした意図を持つことです。

もし食事を続けるつもりで前菜を食べるのであれば、食後の祈りはその前菜をもカバーすることになります。

また、食事を続けるつもりで食前に果物を食べたとしたら、食後の祈りは食前に食べた果物について免除されます。

食事は、何かに着手することの象徴と見られます。

何らかの仕事に着手する前に、私たちはそれを上手くやるために神の助けが必要であることを認識しなければなりません。

これは、食べる前の祈りに対応しています。

仕事が完了したら、神の助けに感謝しなければなりません。

これが食後の祝祷です。

理想的には大きな仕事は、食事をパンから始めるように、中心的な基礎となる部分から始めるものです。

しかし、時には大きな仕事を部分的で些細な場所から始めることを強いられます。

これは食事をリンゴから始めるようなものです。

これは早とちりであり、準備不足のまま始めても仕事の完成が遠のくだけです。

ちょうどリンゴが食事の一部とは見なされず、別の祝祷(感謝の祈り)が必要になるのと同じです。

不完全な始め方を大きな仕事にうまく組み込むためには、最初の時点からそれがもっと大きなものの一部であるという視点を持ち、小さな仕事でさえ人生における大仕事の一部と見ることができるように視野を広げることが必要です。

例えば、いずれは学院において一年間を過ごし、タルムードのような難解なテキストも含めて、全てをトーラーの研究に捧げようとしている人がいるとします。

一方で、今は仕事があるのでトーラーの研究は二の次になり、週に数時間しか取れていない現状があるとします。

この場合、今の研究はいつか本当に研究に打ち込める時に達成されることに比して些細なものであるとか、部分的なものであると考えるべきではありません。

そうではなく、たとえ研究のための理想的な環境が整うのは後になってからだとしても、今の研究はトーラーに対する全ての献身のうちの本質的な部分であると考えるべきなのです。

この法から言えることは、大小問わず何であれ仕事を始める時には、明確な始めと終わりを定義して位置付けられるように努めるべきであるということです。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

タルムードと神道(52):ハッラーの法

タルムードと神道(53):肉に塩を振ること

タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

タルムードと神道(55):非ユダヤ人が整えた食べ物

3 件のコメント

  • zipang044kwsk@au.com より:

    非常に含蓄の深い考え方です。
     
    現状が理想の環境でなく、自分がしたいことを
    少ししかできていないとしても、毎日少しの時間を
    必ずゴールや夢に費やすこと自体が、献身的であると
    言えると解釈しました。
     
    これがタルムードで言われている
    「毎日小さく積み上げたものは、必ず富を手に入れる」
    と言われている由縁なのかと思いました。
     
    そして、習慣が一番大切なことも
    暗示していると見受けられます。
     
    毎日タルムードを1ページ読むことが
    大切ということも思い出しました。
     
    そして、大きな視点で物事を
    見ることによって、小さなことを
    大部分の一部であることを認識する。
     
    これは祈りにも通じるのかと思います。
     
    祈りは神への感謝や祈願であり、
    小さなことも必要な一部分だと
    認識することで、全ての事柄に感謝できる
    ことにも繋がってくるかと思います。
     
    これが成功者の思考回路の形成に
    非常に大きな役割を持つのだと
    思った所存でございます。
     
    長くなりましたが、
    いつもありがとうございます。

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    食事、仕事、旅、どんな行いにも祈りと感謝が必要そうです。何かを始めるときに祈りから入ると、対象に対して真っすぐ見れる気がします。真っすぐ見るということは神の力を借りる切符のような気もします。

  • 伊藤 より:

    食前感謝の祈りと食後感謝の祈りを心がけています。ただ、食事以外の間食や飲み物もある意味、自分の体内に収めるのですから、その都度の祈りが必要なのでは?と感じました。こころがけてみたいと思います。ありがとうございました。

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