タルムードと神道(91):シャバットに非ユダヤ人によって為された仕事

非ユダヤ人がユダヤ人のために働くことさえ禁じられている。

非ユダヤ人が彼自身の自由意志でシャバットに働くことを決めた場合のみ、ユダヤ人は彼から利益を得ることが許される。

非ユダヤ人が自分のために働くこと

もちろん、これは非ユダヤ人が自分の意志でシャバットに働くことは許されるということを意味しています。

この許しは、露骨であるべきではありません。

「シャバットの聖性」で、シャバットに労働を控えることは、主が六日間で世界を創られ、七日目に休まれたことの証だと説明しました。

非ユダヤ人もまた神を信じ、信仰する義務がありますから、創造主としての神の役割を証明するべきです。

しかし賢人たちは、非ユダヤ人はユダヤ人と同じようにシャバットの掟を守るべきではないと教えています。

ノアは固く主を信じた全き人でしたが、賢人たちは彼と彼の子孫は実際にはシャバットの掟を守ることを厳しく禁じられていたと主張します。

この驚くべき制限について理解するためには、前の章で言及した原則をさらに発展させる必要があります。

六日間の世界の創造は、精神的な意味で創造のわざが有限であるということを示すと説明しました。

だからこそ、世界を完成に近づけるための仕事には限りがあり、すなわち実現可能であると言えます。

シャバットにおいては、このような仕事を控えます。

そうすることで、私たちが世界の修繕を完成できると信じていることを示します。

なぜなら、かつて世界は限られた時間の中で創られたからです。

私たちはまた、精神的に受け取る側になる時代を予見させ、シャバットを楽しむことがその前兆となっていることから、この取り組みが完成することを信じていることを示します。

平日における世界を修繕するための営みは、二つの側面を持ちます。

一つ目は、世界の物質的な在り方そのものを改善し、神の恵みを受け取るに相応しい器とすることです。

二つ目は、そのように作り変えられた世界の物質的な面に、実際に神の恵みを受けた方法で関わることです。

最たる例はパンを作ることです。

以前、パンには人間の特別な地位を表す役割があることを指摘しました。

これは、部分的にはその工程が非常に複雑であることによります。

パン作りの各工程はそれぞれ特別なミツバに従います。(「パンをちぎること」で説明した通りです)

そしてまた、各工程はシャバットに禁じられる労働(メラハー)の原型となっています。

この例においては、耕す、種をまく、収穫する、脱穀する、積み上げる、捏ねるという行為は純粋に物質的な向上をもたらすものです。

耕す時と種をまく時に種類を混ぜないこと、貧しい人のために束を残すこと、脱穀に携わる動物に食べ物を与えること、テルマーとハッラー(レビと祭司の取り分)を取り分けることは、神の恵み(ベラハー)を各工程に吹き込むものです。

シャバットは聖性を広げる日ではなく受け取る日であるという考えに従って、これら両方の「修繕」の行為はシャバットには禁じられています。

もちろん、非ユダヤ人も世界を完成させるためのパートナーです。

しかし彼らの主な役目は一番目の意味での「修繕」です。

彼らは人間の暮らしを良くするために、世界の在り方の物質的な側面を変えることに力を注ぐのです。

一方で、二番目の意味での修繕は根源的にユダヤ人の責務です。

一人ひとりの非ユダヤ人は信仰の高みと神への献身から影響を受けることはできますが、ミツバを持たない彼らは、自分の中に獲得した精神性を世界に聖性として広げるための完全な翻訳の手段を欠いているのです。

世界の実際的、物理的な向上に取り組むことについての非ユダヤ人の主要な役割を理解できたなら、彼らがユダヤ人と同じようにシャバットの掟を守ることが適当でないことを理解することができます。

精神的な修繕に時間の制限があることで、将来の精神的な世界の完成に対するビジョンが約束されるように、物理的な修繕に対する時間の制限があることは、基本的には将来の世界の物理的な完成のビジョンを約束するものと解釈することができます。

実際に、マルクス社会主義のような物理的な世界観は、まさにこの理由から毎週労働者に休みを与えることを非常に重要視しています。

しかし、ユダヤ人のメシア的世界観は物質的な豊かさではなく、神の精神が世界を満たすような精神的な豊かさに依拠しています。

これこそがシャバットが証明していることの印です。

そしてユダヤ人の伝統が将来の物質的に豊かな社会について語る時には、その豊かさ自体が神の恵みが広がった結果であり、人間の経済的な創意による産物ではないのです。

非ユダヤ人がユダヤ人のために働くこと

しかし、非ユダヤ人がユダヤ人のために働く時には、この労働はミツバの聖別を受けます。

たとえば、非ユダヤ人がユダヤ人のパン生地を捏ねた場合、そのパンはハッラーとなる義務を持ちます。

つまりこうした種類の労働は、いくらかの注意すべき例外を除いて、一般的にユダヤ人の労働に対する制限を受けるということです。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

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タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

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タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

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タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

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タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

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タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

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タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

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タルムードと神道(67):ワインについての祝祷

タルムードと神道(68):食事の前の祝祷

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タルムードと神道(90):シャバットの聖性

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    精神的な豊かさに満ち溢れた世界は素晴らしでしょうね。それに近づけるためにコツコツ学んで行かなければなりませんね。

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