タルムードと神道(105):動物に関するシャバットの法

シャバットに動物を働かせることは禁じられている。

シャバットは私たちと同様、動物にとっても休息の日である。

トーラーは、私たちのためだけにシャバットの掟を守るのではなく、私たちの動物のためにも守るように繰り返し教えています。

十戒において、私たちは自分が飼っている動物と共に働くことを控えるように命じられています。

加えて、動物を休ませるために、仕事を控えるように命じられています。

賢人たちは、ここには二つの別々の法が含まれていると推察しています。

一つは、あらゆる動物を働かせることに対する禁止であり、もう一つは、シャバットにおいて動物たちにメラハーをさせないという前向きな義務です。

しかし後者の制限は動物に休息を与えるためなので、動物たちが自身の楽しみのためにするようなこと、たとえば、草を食べることのように、そのまま考えるとシャバットにおける「集めること」に当たりそうなことでもこれを邪魔してはいけません。

シャバットに動物を働かせてはならない理由は簡単に理解できます。

動物を働かせることは平日における仕事のうちで(昔は特に)主要なものであり、このようにして働いては労働を休むことにならないからです。

しかし、なぜ動物に休息を与えなければならないのかについては説明が必要です。

非ユダヤ人でさえ、シャバットを守る必要は無いのに、なぜ動物は守らなければならないのでしょうか。

これについてはいくつかのレベルで理解できます。

先でこの禁止事項は私たちが飼っている動物にのみ適用されると言いました。

ある意味で、私たちの延長とも言える所有物と私たちの間には密接な関係があります。

実際にタルムードの中にはトーラーの同じ節から、動物に限らず私たちが持つ道具でさえもシャバットにおいては働かせるべきではないと学び取っている意見もあります。

私たちはある程度動物に共感するので、所有物との繋がりの中でも動物との繋がりは特に強いものです。

動物に対して思いやりを持って接するように命じている多くの法の背景にはこの共感があります。

賢人たちは動物の中にある種の道徳観念すら読み取っています。

この共感は非常に強く、聖人と暮らす動物はその主人の性質を吸収するので、賢人たちは「聖人が飼っている動物に神は不運をもたらされない」と言っているほどです。

タルムードは、ラビ・ハニナ・ベン・ドサの羊は他人の財産を傷つけなかったと言い、またラビ・ピンハス・ベン・ヤイールのロバは、十分の一税が納められていない産物を食べることを拒んだと言います。

また、シャバットに休むことに慣れた牝牛が、非ユダヤ人の手に渡った後でさえもシャバットに働くことを拒んだという有名な逸話もあります。

最後に、役畜として労働力を提供してくれたり、牧畜として衣類や食べ物を与えてくれたり、ペットとして側にいてくれたり言うことを聞いてくれたり、私たちを多くの面で助けてくれる動物たちに対して感謝の念を抱くのは当然です。

感謝を表すことはトーラー全体に見られる価値であり、動物たちをシャバットに休ませることで、私たちは感謝の思いを表すことができるのです。

 

過剰な拘束、および動物を捕まえること

動物を過剰に拘束するとそれは重荷となり、公共の領域に運び入れてはならない。

実際的に言えば、この禁止事項は動物が逃げるのを防ぐための一般的な拘束を超える過剰な拘束を制限しています。

これが強調されていることは、動物の自由になりたいという自然な願望を認めることが、動物に休息と満足を与える一つの方法だということを思い出させます。

トーラーが動物を所有し、従わせることを許している一方で、過度な拘束を避けることで私たちは動物の自然な状態は自由で独立したものであるということを心に留めるのです。

この自由の理想を認識することは特にシャバットにおいては相応しいことです。

なぜならシャバットは休むことで、エジプトでの囚われの身からの解放を示す日だからです。

シャバットに動物を捕まえることは禁じられている。

動物を捕まえるという労働が禁止されていることも、この理想を思い出させる役割を果たしています。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

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タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

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タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

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タルムードと神道(60):食事の間の振る舞い

タルムードと神道(61):食事中に祝祷を必要とする食べ物

タルムードと神道(62):食後の祈り

タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

タルムードと神道(66):焼かれた食べ物についての祝祷

タルムードと神道(67):ワインについての祝祷

タルムードと神道(68):食事の前の祝祷

タルムードと神道(69):結びの祝祷

タルムードと神道(70):食べ物についての祝祷

タルムードと神道(71):果物のジュースと野菜のゆで汁

タルムードと神道(72):中心となる食べ物と従属する食べ物

タルムードと神道(73):食べる前の祝祷の順番

タルムードと神道(74):正しく唱えられなかった祝祷

タルムードと神道(75):追加の料理についての祝祷

タルムードと神道(76):香りについての祝祷

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タルムードと神道(86):旅行者の祈り

タルムードと神道(87):午後の祈り

タルムードと神道(88):夜の祈り

タルムードと神道(89):夜の行い

タルムードと神道(90):シャバットの聖性

タルムードと神道(91):シャバットに非ユダヤ人によって為された仕事

タルムードと神道(92):シャバットの前に船に乗ること

タルムードと神道(93):シャバットの明かり

タルムードと神道(94):シャバットの祈り

タルムードと神道(95):キドゥーシュ

タルムードと神道(96):シャバットにおけるトーラーの朗読

タルムードと神道(97):預言書の一部を読むこと(ハフタラー)

タルムードと神道(98):シャバットに禁じられている労働

タルムードと神道(99・100):運ぶというメラハーと四つのシャバットの領域

タルムードと神道(101):住まいを囲うこと

タルムードと神道(102):運ぶことと、衣服と武器を身につけること

タルムードと神道(103):シャバットにおける火事

タルムードと神道(104):シャバットにおける入浴

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    抑圧の無い、自由で愛にあふれた世界を誰もが心の奥で望んでいるのに何故反対の事をしてしまうのか?私も反省することが多々あります。タルムードの学習は不思議と学ぶべきタイミングで学べる機会を与えられているような気がします。

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