タルムードと神道(74):正しく唱えられなかった祝祷

正しく唱えられなかった祝祷は、その時に食べている食べ物を対象に含む祝祷であった場合、その食べ物については免除されます。

そうでない場合は、正しく唱えられなかった祝祷は無効となるため、正しい祝祷を唱え直す必要があります。

「パンをちぎること」「食事の前の祝祷」で、祝祷と食べ物を可能な限り近しく一致させることの重要性と、空虚な祈りがどれだけ非難されるものかを説明しました。

ユダヤ法全般と一部の祝祷のおかげで、人々は神の導きとこの世における経験を結びつけることができるようになります。

正しく祝祷を唱えることは可能な限り親密な結びつきを作る一方で、逆に空虚な祝祷は、主なる神と私たちの世界に断絶を生じさせてしまうようです。

失敗と不正確さ

正しい祝祷を唱えることに気を配ることは、ユダヤ人が聖なる生活を送る上での最も重要なバロメーターの一つであると見なされます。

タルムードでは、「祝祷を唱えることで学識ある人なのか無知な人なのかが分かる」としています。

もちろんトーラーについての知識はどのようなミツバの実践にも表れますが、それでもなお祝祷のこの部分は、とりわけ重要なものであるとして賢人たちが取り上げているのです。

敬虔であろうと望む人は、特に祝祷について慎重でなければならないということを、トーラーの他の箇所からも学ぶことができます 。

すでに、祝祷なしでこの世を楽しむ人は、信仰に背く罪を犯しているというタルムードの記載を引用しましたが、これには正しくない祝祷を唱える人も含まれます。

タルムードでは、これに対する唯一の解決策は、トーラー学者を見つけ、複雑な祝祷の法について学ぶことだと続けています。

この重要性に対する説明の一つとして、祝祷のおかげで人々の生活と聖なるものとの結びつきが直接的かつ明確に、作られるからということが言えます。

ユダヤにおける神秘的な伝承によれば、人々が戒律を実行することでこの世界の聖性と精神性が増すということです。

信仰心のある人はしばしば、自分の意図を明確にし、目的を声に出して表すことによってミツバの実践に方向を持たせようとします。

通称アリとして知られるラビ・イツハク・ルリアは、これらのカバノート、つまりは意図と目的についての本を一冊著しています。

細かな意図を持つことと、自身の行為が聖なる世界にどのように関わるかを明確に申告することは、ユダヤ教の中でも難解な部分に属すものです。

しかし、これらと同様の考えが、祝祷についての法の基礎になっています。

全てのユダヤ人は食事の前に、自分の食事が聖なるものと結びついている在り方そのものを述べ、この結びつきを表すように主なる神の名を言うことが求められます。

神の豊かさを正しく認識することがあまりに重要なので、多くのユダヤ人は正しい祝祷に自信が無い場合には食べようとしません。

たとえば、パイナップルを食べたい時に、これが「地の実り」なのか「木の実り」なのか自信が無いとします。

キツール・シュルハーン・アルーフによると、これを食べた上で「地の実り」を唱えるべきだと示されています。

しかし、多くの人々はそのような疑問に直面した場合、パイナップルを食べることを避けるでしょう。

彼らは、知らないからといって正しくない祝祷を唱える理由にはならないと考えているのです。

知らないからではなく、知っているからこそ疑問が生じることもあります。

たとえば、見識ある人であれば、チョコレートバーについて「木の実り」を唱えるべきだという考えに、賛同している権威がいることを知っています。

だからと言って、チョコレートを避けるべきだということにはなりません。

しかしよく学んだ後でも何の祝祷が必要なのかどうか自信が無いならば、食べない方が無難ですし、あるいは他の食べ物について祝祷を捧げることで、その疑わしい食べ物についての祝祷の義務を免れる方が良いでしょう(たとえば、果物とシュガーキャンディについての祝祷をチョコレートバーより優先させます)。

空虚な祝祷はバルーフ・シェム・ケヴォ・マルフート・レオラム・ヴァエッド(彼の栄えある王国の名は永遠に祝福されよ)と唱えることで認めなくてはならない。

このルールについては「祝祷の掟」で説明しました。

 

本日の課題

1:今回の学びで感じたことをシェアしてください。


これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

タルムードと神道(52):ハッラーの法

タルムードと神道(53):肉に塩を振ること

タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

タルムードと神道(55):非ユダヤ人が整えた食べ物

タルムードと神道(56):食事の前に食べること

タルムードと神道(57):☆儒教と神道を合体させた理由

タルムードと神道(58):パンを食べるために手を洗うこと

タルムードと神道(59):パンをちぎること

タルムードと神道(60):食事の間の振る舞い

タルムードと神道(61):食事中に祝祷を必要とする食べ物

タルムードと神道(62):食後の祈り

タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

タルムードと神道(66):焼かれた食べ物についての祝祷

タルムードと神道(67):ワインについての祝祷

タルムードと神道(68):食事の前の祝祷

タルムードと神道(69):結びの祝祷

タルムードと神道(70):食べ物についての祝祷

タルムードと神道(71):果物のジュースと野菜のゆで汁

タルムードと神道(72):中心となる食べ物と従属する食べ物

タルムードと神道(73):食べる前の祝祷の順番

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    想いと明確さが無い祝祷は意味がないという事ですね。
    東洋思想の木火土金水に当てはめて考えるとカテゴリー分けが出来そうですが、全て順番があり、干渉しているので頭がちょっと困がらがりそうです。

  • コメントを残す