タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

多くのカディシュ(最後に唱えられる祈り)の詠唱は特に会葬者のものです。

いくつかについては会葬者、または孤児に優先権があり、他のものについては孤児や会葬者がそこにいない場合は全く唱えられません。

ここでは特に、会葬者のための特別なカディシュについてお伝えします。

具体的には、祈りの儀式におけるある種のカディシュは、定められた服喪期間では会衆のために用意されているという習慣についてです。

孤児によるカディシュがどのように亡父を審判の苦しみから守るのかについて、数多くのミドラッシュが説明しています。

最もよく知られているのは、ラビ・アキバが重大な罪の報いとして重労働に苦しむ男(その正体は幽霊)に会うという話です。

ラビ・アキバは彼に幼い息子がいることを知り、その息子のために割礼の儀式の手配をし、トーラーの教育を受けられるように整えました。

その後、息子は「会衆において祝福を捧げられる」年齢になります。

ラビ・アキバが再び父親の幽霊と会ったとき、幽霊は息子の行いのおかげで罰から解放されたのだと伝えます。

シャタム・ソーファはこのストーリーに対する重要な洞察と、ユダヤ教における重要な原則を書いています。

彼は、カディシュやバルーフが特別であるのは、非日常的な価値のある何かを言うことによるものではないと説明します。

そうではなく、それらが儀式の中でも応答を伴う部分であり、だからこそ、一人がこれを唱えることで主の御名を全員で聖別することになるからです。

若者がカディシュを唱えると、会衆全員が「主の偉大なる御名が代々祝福されますように」と応えるのです。

 

女性と追悼の祈り

キツール・シュルハーン・アルーフでは、女性がカディシュを唱えるかどうかについて2つの意見を挙げています。

一つ目は、故人の娘が身内のミニヤン(しかし会堂以外の場所)でなら唱えられるという考えです。

もう一つは、女性は唱えるべきではないという考えです。

いずれも説明が簡単すぎて誤解を招きそうですが、実際は見た目よりも同意できる内容を含んでいます。

寛容な方の意見でも、カディシュを唱えるのは息子がいない場合のみと言っています。

そして厳しい方の意見は、支配的な慣習に反するからという理由だけで女性がカディシュを唱えることを禁じています。

しかしヨーロッパの多くの都市においては、娘がカディシュを唱えるという習慣はありました。

追悼の祈りは大人の男性による定足数を必要とするものなので、女性がカディシュを唱えることができるということに驚く人もいます。

娘が自身を除いた定足数を必要とする祈りを主導します。

カディシュの主な構成は、祈りの定足数に参加できず、それゆえに祈りを主導することもできない未成年の孤児のためのものだということを考えれば、驚くほどのことではないと思います。

カディシュが持つ特別な性質とは、一人が唱えることで他の人が主の御名を聖別するのを誘発するということでした。

カディシュは軋轢を生んだり、品位を欠いたような方法で唱えられたりした場合、主の御名の聖別をすることはできません。

 

カディシュの順番とカディシュの目的

一人でもカディシュを唱える人がいれば、そこには会葬者の中でカディシュの詠唱を割り当てるための細かなルールがあります。

そのような細かい順番が必要なのは、親に敬意を表すために少しでも先んじたい会葬者たちの間に言い争いや摩擦が生じるのを避けるためです。

あらかじめ定められた順番があれば、こうした軋轢を避けることができますが、キツール・シュルハーン・アルーフではもう少し良い予防策を与えています。

カディシュは「主の偉大なる御名が讃えられ、聖別されますように」という言葉で始まります。

ラビ・ガンツフリードは、主の御名に対する最高の聖別は「主の御名が聖別されますように」と唱えることではなく、毎日毎日の会葬者の行いによって聖別することだと説明しています。

カディシュを言う権利を巡って諍いと悪意を生み出すことは、この美しい祈りを主の御名を聖別するためのものではなく、冒涜するものに変えてしまいます。

両親の魂は、良い行いをしてトーラーを学ぶことによって救われるのであり、カディシュを唱えることによって救われるのではないということを、会葬者は常に意識すべきです。

 

本日の課題

1:今回の学びで感じたことをシェアしてください。


これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

2 件のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    私にはもう両親はおりませんが、亡くなって間もない頃に、よく夢に出てきました。夢の中で40才近い私を遊園地に連れて行ってくれました。いつも二人ともニコニコしてたのが印象的です。実家はあまり裕福ではありませんでしたが、何不自由なく育ててくれた両親に感謝です。私の思考や行動がご先祖様の恥にならぬように生きねばと改めて思いました。

  • 伊藤 より:

    形としての戒律や礼拝・儀式は重要ですが、その形式が救いをもたらすのではなく、
    学びと行いが救いをもたらすのですね。とても奥深いです。
    息子の学びと行いが父親(先祖)に良い影響を及ぼす、というのは
    仏教でいう先祖供養にも通じるものがありますね。子孫が功徳を積むと先祖の霊界での修行が
    ランクアップするというのを聞いたことがあります。

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