タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

ここでは、非ユダヤ人のワインについて、いくつかの禁止事項を扱います。

このルールは、2つの別々ではありながらも関連し合っている基礎に基づいています。

異教の献酒

異教の神への献酒として使われたワインは異教の信仰の対象と見なされ、そのワインからいかなる利益を得ることもトーラーによって禁じられています。

同じ禁止事項は異教の信仰の対象となる全てのものについて適用されます。

この禁止事項が厳格であることは理解に難くありません。

汚れているように見える世俗的な経験のあらゆる面に対して、ただ一つの神の存在を認識し、理解するための手段としてトーラーとミツバがあるのだということを説明しています。

神と呼ぼうが霊と呼ぼうが、世の中に存在するその力と影響力を、そうした他の何かに帰する立場は、明らかにユダヤ法とは真逆です。

トーラーでは、表面的には精神的に中立であると見えるような自然現象を捉え、そこから隠れた聖性を引き出すようにと教えています。

そうすることで、全く世俗的な経験をただ一つの神に結びつけることができ、これらの経験が溢れんばかりの神聖さを得ることになるのです。

異教の信仰はこれとは逆方向に進んでいます。

一般に異教の儀式は、霊的で精神を高揚させるような経験を基礎としています。

精神的な次元は、異言を話すことや神秘主義的な瞑想や死者との対話などによって知覚されるもののようです。

異教の信仰はこうした真に霊的な経験を取り上げて、その元となっているただ一つの神からこれらを引き離し、他の神などの権威に帰しているのです。

 

人種間婚姻についての懸念

非ユダヤ人が開封したワインを飲むことは禁じられています。

これはラビの命令であり、非ユダヤ人が料理した食べ物についての禁止事項と似ていて、同じ目的を持っています。

即ち、過度に親密になることと人種間の婚姻を防ぐためのものです。

この点は「非ユダヤ人が整えた食べ物」で扱った非ユダヤ人の料理についての議論と似ています。

人種間の婚姻には三つのレベルで問題があるとしました。

個人的なレベルでは、夫と妻の間に疎外感をもたらす精神的な理想の違いがあります。

共同体のレベルでは、ユダヤの契約を持たない配偶者によって、信仰で繋がった共同体への融合が制限されるということがあります。

魂のレベルでは、非ユダヤ人の配偶者にユダヤ人の伝統と相反する要素が含まれていることから、ユダヤ人とユダヤの伝統との結びつきが侵食されるという問題があります。

 

ワインによる結びつき

これらの懸念は賢人たちによって一つにまとめられました。

人種間の婚姻についての社会的な懸念は、信仰の純粋さについての精神的な懸念の一つの表れと考えられています。

だからこそ、例え異教の献酒として作られたわけではないコーシャーのワインであっても、献酒に適格である限りそのワインから利益を得ることは禁じられているのです。

一方で、献酒に適格でないワインは、当然社会的な関係を築くのに役立つものではあるのですが、禁じられてはいません。

この理由から、この章にある禁止事項は、献酒に適さないと考えられる加熱されたワインには適用されません。

「ツィムーン」においてワイン特有の象徴的意味について説明したように、ワインはその内実を表出するものです。

ワインを最も神聖な行事の一部にしていること自体が、自身を根底から聖なるものであると考えていることの証です。

それゆえにワインは、人間の外面と内面の結びつきを完成させるものだということになります。

これによって、賢人たちによって描き出された結びつきについても説明できます。

これ自体は後ろ向きなものではなく、人種間の婚姻につながらないようにするための制約の一つなのです。

非ユダヤ人と一緒にお酒を飲むことは、内的で精神的な繋がりを作ることになります。

もしその非ユダヤ人の宗教が異教の献酒を含むものであれば、その内実は密接に偶像崇拝と結びついています。

社会的な交流自体が、深刻な精神の危機を孕んでいるのです。

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

タルムードと神道(49):正しく体をケアすること

タルムードと神道(50):危険な行い

タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

タルムードと神道(52):ハッラーの法

タルムードと神道(53):肉に塩を振ること

タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

タルムードと神道(55):非ユダヤ人が整えた食べ物

タルムードと神道(56):食事の前に食べること

タルムードと神道(57):☆儒教と神道を合体させた理由

タルムードと神道(58):パンを食べるために手を洗うこと

タルムードと神道(59):パンをちぎること

タルムードと神道(60):食事の間の振る舞い

タルムードと神道(61):食事中に祝祷を必要とする食べ物

タルムードと神道(62):食後の祈り

タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    人間の脳は驚きが好きです。故に不思議なものや神秘的体験に興味が惹かれます。チャネリングや霊媒を売りにしている団体が、多くの信者を獲得している理由なのでしょう。
    ユダヤでは表面的には精神的に中立であると見えるような自然現象を捉え、そこから隠れた聖性を引き出すようにとのことですね。ということは神秘主義と聖性は全く違う意味になります。
    私は好奇心が少々強いので気を付けます。

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