タルムードと神道(70):食べ物についての祝祷

食べ物を食べる前の祝祷には、四つの異なったレベルがあります。

最も一般的な祝祷はシェアコールであり、「主の言葉によってもたらされた全てのもの」に感謝を捧げます。

これは野菜以外の肉、ミルク、水などの食べ物、加工されて自然の形を失ったほとんどの食べ物に適用されます。

野菜については「地上の実りを創りし方」に感謝を捧げ、これは果物に対しては免除されます。

果物については「木の実りを創りし方」に感謝を捧げます。

三種の食べ物については専用の特別な祝祷があります。

パンについては「地上からパンをもたらされる方」、他の穀物からなる食べ物については「種々の栄養を創られし方」、ワインについては「蔓の実りを創りし方」と唱えます。

「パンをちぎること」で、空虚な祈りが厳しく禁止されていることを説明しました。

特定の対象を持たずに祝祷を捧げることは、見かけ上、神と世界とを隔ててしまうことになります。

そのため、食事の後にできるだけ早く祈りを捧げようとするのであり、祝祷の文言を食べている食べ物に密接に対応させるのです。

ですが、食べ物毎に祝祷を極端に分けてはいません。

なぜ四つの特定の種類があるのでしょうか。

また、なぜその中にも優先順位があるのでしょうか。

たとえば、なぜ肉は果物ほど重要ではないのでしょうか。

驚くべきことに、この四つの種類は創世の物語の中に暗示されているのです。

最初の生き物に対して与えられた様々な命令と恵みの中に、食べ物の順位が示されています。

第六日に男と女が創られて他の動物を治める者とされた後、神は人間の食べ物を詳しく示され、動物の食べ物と対比されました。

わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。

これはあなたがたの食物となるであろう。

また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える。

ここで明確な区別がされています。

人も獣も野菜は食べますが、果物は人間のために特別に取り分けられています。

同時に、肉は人にも獣にも許されていません。

「命あるもの」の高い道徳的なレベルにおいては、お互いを食べるということは不適切とされているのです。

そこから間も無くして、四つ目の種類についても知ることができます。

創世記において、アダムは「善悪を知る木」の実を食べることについて警告されます。

創世のこの段階において、肉を食べることが彼のレベルよりも劣る行為だとすれば、善悪を知る木の実を食べることは彼のレベルを上回る行為です。

人間はまだ、自分自身が邪悪になることなしに善と悪とに目を開く準備ができていないのです。

タルムードは「善悪を知る木」の正体について数多くの示唆を残しています。

これは小麦であるという意見もあれば(「ハッラーの法」でパンが特に人間の先進的な知性を表すものであるとしました)、ブドウであると見る向きもあります(「ツィムーン」で、ワインには内に秘められた本当の自分を開示する力があるとしました)。

そのため、これらは第四の、より高いレベルにある食べ物とするのが適当なのです。

私たちは、アダムとイブが神に与えられた道徳上の試練に耐えきれず、禁断の実を食べたということを知っています。

その結果、人間も地上の世界も呪われてしまいました。

人間への呪いの一つは、「あなたは野の草を食べるであろう」という勧告です。

この勧告は、人間がその特別な地位の一部を失い、獣と同等のレベルに身を窶したことを象徴しています。

その後、人間の精神的なレベルは獣との区別が全く無くなるところまで低下しました。

その結果洪水を招いたのであり、その後は動物の肉を食べることさえ許されました。

人間の食べ物について、わずかに道徳的な部分が残されたのは、肉を食べても良いが、生きたまま食べることは禁じられたという点のみです。

肉を食べることを許されたとき、これが野菜に対比されたことに注目しましょう。果物はまだ明示的に許可されてはいません。

トーラーは現在の私たちの低下されたレベルに言及しながら、同時にエデンの園において期待されていた道徳的に完全な状態に自らを押し上げるよう指示しています。

すべての食べ物が許されている一方で、ユダヤ法はそれらの食べ物の間の精神的なレベルの差に敏感になるように求めています。

これを実現する一つの方法が、特定の食べ物を禁止することであり(「禁止された食べ物」参照)、とりわけ多くの種類の肉を禁止することです。

もう一つの方法が、賢人たちによって整理された四種の祝祷の間にある優先順位なのです。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

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タルムードと神道(14):排泄行為

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タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

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タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

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タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

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タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

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タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

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タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

タルムードと神道(48):天のために行動すること

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タルムードと神道(51):喜捨(きしゃ)の法

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タルムードと神道(54):食事の道具を水に浸すこと

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タルムードと神道(57):☆儒教と神道を合体させた理由

タルムードと神道(58):パンを食べるために手を洗うこと

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タルムードと神道(60):食事の間の振る舞い

タルムードと神道(61):食事中に祝祷を必要とする食べ物

タルムードと神道(62):食後の祈り

タルムードと神道(63):ツィムーン

タルムードと神道(64):禁止された食べ物

タルムードと神道(65):非ユダヤ人のワイン

タルムードと神道(66):焼かれた食べ物についての祝祷

タルムードと神道(67):ワインについての祝祷

タルムードと神道(68):食事の前の祝祷

タルムードと神道(69):結びの祝祷

1 個のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    「全ての恵みを創りし方」という祈りだと意識が森を見て木を見ず的な感じでピントが合わなそうですし、その逆の木を見て森を見ず的だと世界が狭くなります。しっくり来る言葉を探してみます。

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