タルムードと神道(48):天のために行動すること

賢人たちはトーラーの内容の全ては,「すべての道で主を認めよ」という短いフレーズに依拠していると言いました。

私たちは、たとえ自分の身体のために何かをするとき、例えば食べる、飲む、歩く、座る、眠る、起きる、夫婦の営みや会話のようなことをするときでさえ、主を認めなければなりません。

これらは全て主に仕えるための方便として行わなくてはなりません。

トーラーの中の大部分を占める厳しい法に基づく指示は、どのようなものを食べるか、または飲むか、どのような内容なら話して良いかなど、様々なことを伝えています。

この章では、毎日の行動においてどのような意図と心構えを持つべきかということを学びます 。

物質的な要求は、楽しみや豊かになるためではなく、ミツバを実行する能力を高めるためにあります。

例えば、適度に健康的な食べ物を食べたり飲んだりすることは、学び、祈り、他者を助けるための力を得るためであり、夫婦の営みは子供を持つという戒律を守るためであり、商売に従事することは家族を支えるためであり、喜捨をするためであるということです。

もし動物的な欲求を満たすためだけに食べるのであれば、魂を獣のように貶めてしまうでしょう。

主の似姿として造られた人間が、ただの獣に成り下がってしまうのです。

まったく同じ食べ物でも、主に仕えるための力を得るという意図を持って食べれば、獣の行動を精神的な行動、つまりは戒律を守り、トーラーを学び、主の意志に従うためのエネルギーを生み出すために肉の成分を活かすという行動に引き上げることができます。

楽しみを得るための物質的な行動も、その楽しみが主なる神の恵みであるということを忘れない限りにおいては、主に仕えるための方法となり得ます。

一般的に、このような意識を持つことができるのは、控えめに楽しんでいるときのみであり、特に安息日においてです。

ミツバはこの世界をより良く楽しむための大きな助けとなり、私たちの物質的な利益は全て主なる神の恵みである、という正しい意識を持ち続けるための助けとなることを強調しています。

控えめにするということは、足りていないということではありません。

全ての人は自らの役割に従い、毎日の行動が天の国のためとなるように習慣を調整する必要があります。

偉大な学者であり指導者でもあるラビ・ユダ・ハナスィは死の床において、自分がこの世界をほんの少しも楽しまなかったことを、主はご存知であると確信を持って宣言しました。

ラビは生活に困っていたわけではありません。

彼の富は大変なもので、彼の馬屋は王のように豊かであったと賢人たちは言っているほどです。

そして多くのタルムードやミドラッシュに関する記事でラビ・ユダの上流の暮らしが書かれており、彼は王や王子を含む非ユダヤ人の要人を家に招くことができたと言います。

もし、どのように食べるかということが何を食べるかと同じくらい重要だとしたら、これらは両方とも主なる神の意に沿う生き方として、どれだけ食べるかということよりも、ずっと重要な考えだということになります。

主なる神に寄り添うために、一切の世俗的な楽しみから自身を切り離し、一人だけで過ごす人もいます。

しかし、世俗的な楽しみの正しい使い方は、分相応にほどほどに楽しみ、この楽しみを主なる神の前に強くあるための手段として、または主なる神の親愛を体験するための手段として使うことなのです。

 

本日の課題

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これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所〈日本編)

タルムードと神道(18):祝祷の掟

タルムードと神道(19):祝祷の掟(日本編)

タルムードと神道(20):朝の祝祷

タルムードと神道(21):朝の祝祷(日本編)

タルムードと神道(22):朝の祈り前の制限事項

タルムードと神道(23):夙起夜寐(シュクキヤビ)

タルムードと神道(24):ツィツィート

タルムードと神道(25):テフィリン(前半)

タルムードと神道(26):テフィリン(後半)

タルムードと神道(27):メズザ

タルムードと神道(28):祈りの準備

タルムードと神道(29):ベイト・クネセトの聖性

タルムードと神道(30):ペスーケイ・デズィムラ(祈りの儀式を始める詩編)

タルムードと神道(31):ミニヤンと先唱者

タルムードと神道(32):シェマーとその祈りを中断すること

タルムードと神道(33):シェマーの詠唱(えいしょう)

タルムードと神道(34):テフィラー

タルムードと神道(35):アミダーの祈りへの追加

タルムードと神道(36):先唱者によるアミダーの復唱

タルムードと神道(37):埋め合わせの祈り

タルムードと神道(38):タファナン(懺悔の祈り)

タルムードと神道(39):週日のトーラー朗読

タルムードと神道(40):完全なトーラーの巻物を書くこと

タルムードと神道(41):ケドゥーシャ・ディシドラとアレイヌ

タルムードと神道(42):会葬者のカディシュ

タルムードと神道(43):トーラーを学ぶことについての法

タルムードと神道(44):☆神道と儒教

タルムードと神道(45):トーラーの巻物を書くこと、トーラーの本を得ること

タルムードと神道(46):正しい行い

タルムードと神道(47):否定的な発言を避けること

 

2 件のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    動物的欲求を満たす為だけに行動してはいけないし、自分の為だけに行動してはいけないということですね。常に天を意識して行動することが、天のために行動するということですかね。

  • 伊藤 より:

    「すべての道で主を認めよ」 この学びの基幹だと感じます。
    個人的には、「主の神様、今をありがとうございます」というフレーズを心の中で繰り返し、繰り返し唱えております。
    仕事の合間、通勤の行き帰り、なるべく多くの時間帯で意識して行うようにしております。
    5月初旬から始めておりますので習慣化してますが、本当に心から感謝の想いが湧き出てくる瞬間があります。
    そういう時は、仕事や人間関係で、気持ちがネガティブになっていたものが急にポジティブに切り替わる事が多々あります。
    陰極まりて陽と成る、という感じですね。不思議です。

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