タルムードと神道(17):祈りの清浄な場所(日本編)

神道においても清浄であることは極めて重要な要素です。神社においても神職は掃除を熱心に行います。社殿を始め、社務所などの建物内を綺麗にすることは勿論のこと、境内も清浄さを保つために熱心に掃除をします。

ゴミが落ちていない日本

日本はゴミ大国ですが、路上は世界から見ても綺麗で、外国人が日本に来るとゴミ1つ落ちていないので驚かれるそうです。

道路も、凸凹しておらず、ガードレールがあり、車道と歩道の区分があるので安心して歩くことができます。

外国では、ガードレールがある場所はほとんどありません。

東南アジアに行けば、車道と歩道の区分がないので、危険だし歩きにくいです。

日本の歩道

日本のガードレール

海外の道路とゴミ

日本人は無神論者か?

日本人は「無神論者」だと言いますが、実際は神道がDNAの中に刻み込まれていて、それが生活習慣の中に組み込まれています。

また、聖なるものと聖でないものの二元論解釈は、極めて危険であるということを前にお伝えしましたが、海外では、神を信じていない人は聖なるものでない方に分類され、野蛮人とみなされますので、もし外国人に「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれたら、「神道です」と答えた方が良いと思います。

日本人は、神様のことを何も知らなくても、なぜか自然と霊的に暮らしています。これは、DNAや生活習慣、文化の中に神道が組み込まれているからだと思います。

「神道」を信仰しているというよりも、神道の民族といった感じが強いようです。

ただ、昔にに比べると、それもだんだん薄れている感じなので、私たちはDNAに刻まれた神道の心を思い出すことが大切であり、それが現代を生きる私たちの使命でもあると思います。

掃除の重要性

神職の1日は掃除に始まり掃除に終わります。

朝、起きたら神殿の扉を開け、神様に挨拶して、本殿、境内を清掃します。
その後、お祓いをして心身を清め、祭祀や事務作業を行い、15時ごろから境内の修繕などを行い、清掃して17:30ごろに神殿の扉を閉め、1日が終了します。

禅寺においても掃除は大変に重要な役割をしめていて、風水的にも掃除は重要であるとされています。
勿論、自分の家の周りや部屋などを清浄にしておくことは大変に重要です。

掃除をせずに不潔にしていると家相が悪くなり、その家の奥さんの下部が病気になるらしいです。

外の氣(部屋)と中の氣(気持ち)は連動していますので、汚い部屋だと喧嘩が多くなります。
逆に清浄な部屋だと喧嘩することができなくなります。

生活感をできるだけ残さない

日本の中で最も高い地位にある神主の話によると、ホテルを出る時などの理想は、自分が泊まっていたことが分からないくらいの状態にしてチェックアウトすることが大切なのだそうです。

立つ鳥跡を濁さず

という諺通りに、飲食店やカフェなどを出るときも、ゴミは捨て、配膳を下げる場所があれば下げ、使ったテーブルを拭き、椅子を元の位置に戻して出て行くのが理想だと言います。

なお、日本ではカフェなどに行けば、トレイ(お盆)を戻す場所がありますが、海外では戻す場所が無い店が多く、そもそもトレイを自分で戻すということ自体が文化の中に無い国が多いので、カップやゴミをそのままテーブルにおいて出て行くことしかできないのです。

では、自宅を出る時はどうすれば良いのか? というと、やはり、できるだけ生活感がない状態にして出て行くのが最も清浄だと思います。

和風の家

和室では、朝起きると、布団を押入れに仕舞うところから1日が始まります。
一方、洋室では、ベッドから起きることから1日が始まります。

「ベッドは、いちいち布団を押入れから出したり、入れたりする必要がないから楽で良いなぁ」と思っている人も多いと思いますが、朝、布団を押入れに仕舞えば、眠気が一気に覚め、部屋が清浄になる感覚を覚えます。

布団を押入れに仕舞えば、和室は基本的には畳と押入れだけの部屋です。一方、洋室は布団を仕舞わないのでベッドがあります。

日本人は、やはりこの畳だけの何もない空間に清浄さを感じるそうです。

清浄な和室

家具も最小限にして、できるだけ物は置かない方が良いようです。

物が無い空間を作れば、散らかったゴミが目立つので掃除をするようになります。

一方、洋室はベッドもそうですが、ソファーやテーブルなどがあるので散らかりやすく、ゴミがあっても目立ちませんし、掃除もしにくいので掃除をあまりしなくなり、清浄さを保ちにくくなります。

部屋が汚いと家相が悪くなり、イライラしてキレやすくなり、良いことはありません。

自分の仕事場や会社のオフィスなどにおいても、自分が帰る時は、誰もいなかったような状態にして出ていくと良いでしょう。
なので、固定しておく事務機器や本棚、ファイル立てなどを置くかどうかは真剣且つ慎重に検討した方が良いと思います。

なぜなら、固定したり、据え付けたりするものがあればあるほど、散らかりやすくなるし、掃除もしにくくなるからです。

洋室(寝室のベッド)

洋室(リビングなどにあるソファやテーブル)

鮨職人の神:小野二郎 氏

小野二郎 氏は日本が世界に誇る寿司職人で、ミシュラン史上最高齢の三ツ星シェフです。

鮨職人 小野二郎

世界一ミシュランの星を持つシェフ界のフランスシェフ、ロブション氏は、「ムッシューJIROの握る鮨は神業の域に達している」と言っていて、オバマ前大統領やデイビットベッカム氏など世界中の有名人が食べにきています。

そんな小野二郎氏は、鮨を握る手が命なので、外出する時には40歳の頃から必ず手袋をしている、というほど鮨職人道に徹底しています。

その仕事ぶりをまとめた「すきばやし二郎 一生涯鮨職人」という書籍がありますが、その中で次のように話されている箇所があります。

心の準備、頭の整理をして仕事の先々を読み、1つずつ正確にやっていくのです。それには、自分の仕事場である着けばを、いつでも仕事がしやすいように整理しておかないといけません。よく使うものは身近におき、それ以外のものは、必要な時だけ取り出す。色々なものを出しっぱなしにするのは混乱の大もと。例えば、握るネタ、次のネタ、その次のネタと、マナ板に置いて行ったら、本人は段取り良くしたつもりでも、手元がわい雑になるし、握る順番までわかりにくくなってしまいます。下手をすると、前の魚の匂いがマナ板に残ってそれが次の魚に移りかねません。そんな握りを出してしまったら、銀座で看板を出している鮨屋の名折れです。手間取るように思えて、1つの仕事を済ませたらその都度片付けていくのが、一番効率の良い方法。「吉志乃」の修行時代に先代が口を酸っぱくして言っていましたが、今は私が若い職人たちに同じことを教え込んでいます。(すきばやし二郎 一生涯鮨職人 より引用)

禅の精神 スティーブ・ジョブス

Appleの創業者スティーブ・ジョブス氏は、マンションに引っ越した時、家具はどんなものを買えば良いのかを悩みに悩み、しばらく家具を買えなかったらしく、悩みに悩み、1つだけ買った家具が日本製の椅子だったそうです。

天皇陛下のお住まい

フィリピン国民から圧倒的な支持を得ているドゥテルテ比大統領は天皇陛下を心から慕っています。

天皇陛下との謁見(えっけん)が叶ったあと、ドゥテルテ比大統領はこのように述べたそうです。

「これまで多くの偉大な指導者たちの住まいや宮殿を訪れたが、こんなに簡素な宮殿は初めてだった。本当に小さな住まいだった」
「応接室には1枚の絵画も飾られていなかった」と紹介し、両陛下の控えめで謙虚なお姿も強く印象に残ったようで、「その立ち居振る舞いは陛下の称号にふさわしい」とも語っています。

ドゥテルテ大統領

吹上御所

フィリピンメディアは「ドゥテルテ大統領が日本の天皇、皇后のシンプルなライフスタイルと控えめな態度に畏怖」と締めくくりました。

ユダヤでは、祈りの場所は清浄で、敬虔(けいけん)な場所でなければならない…と教えられていますが、敬虔というのは、分をわきまえ、「自分は偉い」ということを誇示するものではない、といった意味も含まれます。

秦の始皇帝の宮殿には、3000名といった女官を集め、世界中から宝を集め、豪華絢爛な宮殿だったそうですが、それは敬虔な場所とは言えません。

「これまで多くの偉大な指導者たちの住まいや宮殿を訪れたが、こんなに簡素な宮殿は初めてだった。本当に小さな住まいだった」と、ドゥテルテ比大統領が語ったように、「皇室は祈りである」という陛下のお住まいこそ清浄で敬虔な場所だと言えます。

六根清浄の大祓え

日本の神道や仏門関係者の中でよく読まれる祝詞が「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」の大祓えです。

部屋を清浄で敬虔な場所にし、朝これを声に出して唱えることをお勧めいたします。

天照皇太神の宣はく
(あまてらしますすめおおがみののたまわく)

人は則ち天下の神物なり
(ひとはすなわちあめがしたのみたまものなり

須らく掌る静謐心は則神明の本主たり
(すべからくしづまることをつかさどる こころは すなわち かみとかみとの もとのあるじたり)

心神を傷ましむること莫れ 是の故に
(わがたましいをいたましることなかれ このゆえに)

目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず
(めにもろもろの ふじょうをみて こころにもろもろの ふじょうをみず)

耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず
(みみにもろもろのふじょうをききて こころにもろもろのふじょうをきかず)

鼻に諸の不浄を嗅ぎて 心に諸の不浄を嗅がず
(はなにもろもろのふじょうをかぎて こころにもろもろのふじょうをかがず)

口に諸の不浄を言いて 心に諸の不浄を言わず
(くちにもろもろのふじょうをいいて こころにもろもろのふじょうをいわず)

身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず
(みにもろもろのふじょうをふれて こころにもろもろのふじょうをふれず)

意に諸の不浄を思ひて 心に諸の不浄を想はず
(こころにもろもろのふじょうをおもひて こころにもろもろのふじょうをおもはず)

此の時に清く潔き偈あり
(このときに きよく いさぎよき ことあり)

諸の法は影と像の如し 清く潔ければ
(もろもろののりは かげとかたちのごとし きよくきよければ)

仮にも穢るること無し 説を取らば得べからず
(かりにもけがるることなし ことをとらば うべからず)

皆花よりぞ木実とは生る 我が身は則ち
(みなはなよりぞこのみとはなる わがみはすなわち)

六根清浄なり(ろくこんしょうじょうなり)

六根清浄なるが故に五臓の神君安寧なり
(ろくこんしょうじょうなるがゆえに ごぞうのしんくんあんねいなり)

五臓の神君安寧なるが故に天地の神と同根なり
(ごぞうのしんくんあんねいなるがゆえに てんちのかみとどうこんなり)

天地の神と同根なるが故に万物の霊と同体なり
(てんちのかみとどうこんなるがゆえに ばんぶつのれいとどうたいなり)

万物の霊と同体なるが故に
(ばんぶつのれいとどうたいなるがゆえに)

為す所の願いとして成就せずといふことなし
(なすところのねがいとして じょうじゅせずということなし)

無上霊宝 神道加持
(むじょうれいほう しんどうかじ)

六根清浄とは、人間に具わった六根を清らかにすること。
六根とは、五感に加え第六感とも言える意識の根幹。
眼根(視覚)/ 耳根(聴覚)/ 鼻根(嗅覚)/ 舌根(味覚)/ 身根(触覚)/ 意根(意識)のこと。

身体的、肉体的、霊的な健康

形而上學(けいじじょうがく)を学んでいくと、霊的な健康という概念を考えざるを得なくなると言います。

朝、祝詞を唱えたり、火打ち石、禊、祓いなどを日常で行なっていると、霊的な健康を得られる感覚を覚えると言います。

例えば、前の晩に飲みすぎて、翌朝、二日酔いになっても、火打ち石、祝詞、塩、風呂などで、祓いや禊を行うと緩和されるそうです。

人が「怒る」理由には、感情的なことだけではなく、霊的にも何か問題がある場合があると言います。

なのでその場合、対話による感情的なアプローチよりも、祝詞や火打ち石などによる霊的なアプローチの方が効果があるようです。

※因みに…「はしたないものが目に見えてはならぬ」という記述が、ミツバにはありますが、こちらについて日本との対比をお伝えすると、日本では天照大神が岩戸隠れをした時、アメノウズメノミコトが背をそり、胸乳をあらわにし、裳の紐を女陰まで押したれて、低く腰を落して足を踏みとどろかし、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせたとあります。

つまり日本神道においては、神様が裸踊りをしているのですが、この楽しそうな様子を聞いた天照大神が、その様子を見ようと、岩の扉を少し開けた、というところにつながりますので、日本における、「はしたないもの」に関する定義はかなり緩いと言えます。

このアメノウズメノミコトは、こうしたことから芸能の神として祀られていて、芸能人がよく参拝するとされます。
日本がアダルトビデオ大国であるのは、こうした宗教観が根底にあるのかもしれません。

 

本日の課題

1:朝起きたら、六根清浄の大祓えを唱えてみてください。

2:今回の学びで感じたことや心に残ったことをシェアしてください。

 


これまでの「タルムードと神道」の学び

タルムードと神道(1):日ユ同祖論(1)

タルムードと神道(2):日ユ同祖論(2)

タルムードと神道(3):日ユ同祖論(3)

タルムードと神道(4):日ユ同祖論(4)

タルムードと神道(5):日ユ同祖論(5)

タルムードと神道(6):日ユ同祖論(6)

タルムードと神道(7):祈りについて

タルムードと神道(8):朝の目覚め

タルムードと神道(9):朝の目覚め(日本編)

タルムードと神道(10):手を洗い清める

タルムードと神道(11):手を洗い清める(禊)日本人編

タルムードと神道(12):礼儀正しい装い

タルムードと神道(13):礼儀正しさ(日本編)

タルムードと神道(14):排泄行為

タルムードと神道(15):排泄行為(日本編)

タルムードと神道(16):祈りの清浄な場所

3 件のコメント

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    確かに日本は道路にゴミがあまり落ちていませんね。しかし関東三大大師、西新井大師の近所に住んでいる私は、初詣などの参拝客がゴミを道路の端に捨てていくのをよくみかけます。もし私が神様なら御利益どころか罰を与えたくなりますね。

  • zipang044kwsk@au.com より:

    昔の日本は神道の教えを様々な生活に取り入れて
    自然と神道を信仰していたのだと分かります。
     
    僕は、今まで全然知りませんでしたので
    あまり取り入れられてなかったと思います。
     
    これから取り入れていきたいと思います。
     
    貴重な教えを教示していただき
    誠にありがとうございます。

  • まぐくる より:

    立つ鳥跡を濁さずという教えは日本人独特の思想だと理解できました。この国に生まれて本当に良かったと思います。
    六根清浄の大祓えを唱えると不思議も心が清らかな気持ちになりました。

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