欲望を喜びに変える

八田です、

前回と前々回の検証でも分かったように、
欲求は完全に満たしきることはできませんし、
逆に断ち切ることもできません。

では、一体どうすれば、
本当の幸福を掴めるのか?

もし、本当の幸福があるとすれば、
その唯一の方法は、欲求をそのまま
喜びに変えてしまうことです。

満たすことも断ち切ることもできないなら、
残される方法は、

「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」
しかありません。(これは仏教用語です)

「煩悩」とは、人間の本性の働きであり、
欲求のように私たちを悩ませるものです。

「菩提」とは、本当の喜びのことです。

「即」とは、そのままのことです。

つまり、「煩悩即菩提」とは、、、

私たちを悩ませる煩悩が、
その時、その場で、そのまま、
喜びに変わってしまうことです。

東洋には、こうした考え方が沢山あり、
例えば、西洋医学と東洋医学では
どう違うかご存知ですか?

西洋医学は、悪い部分があれば、
どんどん切ってしまいます。

例えば、胃ガンがあれば、
胃を切ってなくしてしまおう、
胃が無くても人は生きれるから
という考え方です。

もし、足が悪いなら足を切断して、
悪い部分を無くしてしまおうというわです。

なぜなら、足が無くても
人は生きられるからという考え方です。

一方、東洋医学は、悪い部分があっても、
そのまま活かそうとする考え方です。

漢方薬、鍼、灸など、
全体の調子を整え、悪玉を善玉に
変えてしまいます。

もしくは、悪い部分があれば、
その悪い部分と上手く付き合って行こう
という考え方です。

このように、東洋医学でも西洋医学でも、
考え方は全く異なりますが、
こうした医学においては、
悪い部分を無くすことができますが、
煩悩は無くすことができません。

なぜなら、私たち人間は、
煩悩によってできているからです。

これを仏教では「煩悩具足」と言います。

雪だるまから雪をとったら
何も残らないように、私たちの心から
煩悩をとったら何も残らないのです。

例えば、あなたの大切な身内が、
何の理由もないのに、
いきなり見知らぬ人に殴られたり、
殺された場合でも怒ってはいけません…

さて、あなたは怒らずにいれるでしょうか。
欲も怒りも無くしてみて下さい。

そんなこと言われてもできませんよね。

それができないならば、
煩悩をそのまま喜びに変える
「煩悩即菩提」しかありませんが、

果たしてそれは可能なのでしょうか。

 

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

八田 芳雅

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