煩悩を喜びに変える

八田です、

欲求を幸せに変えてしまう
「煩悩即菩提」とは、
いったいどんな世界なのか?

説明したいところですが、
これを十分に説明することは不可能です。

なぜなら…

もし、柿を食べたことのない人に、
柿の味を説明して理解させることができるか?
と言ったら無理ですよね。

どんなに上手く説明しても、
その味を理解させることは不可能です。

しかし、一口食べさせてみると…
その人は一発で味を理解できます。

言葉なんて要りません。

煩悩即菩提も、最初から分かる人はいませんし、
今まで経験したことがないことに対しては、
どんなに言葉を上手く使っても、
完璧に分からせることはできません。

完璧には無理ですが、例え話をして、
少しでも分かって頂きたいと思います。

 

悪玉が善玉に変わることは、
殆どありませんが、稀にあります。

例えば、干し柿。

干し柿とは、渋柿を乾燥させた
ドライフルーツの一種です。

渋柿は、口にすると
顔がゆがむほどの渋さですが、
その渋柿も柿が本来持っている
タンニンの働きによって
渋みを甘味に変えていきます。

しかしこれは、渋柿を干したからと言って
直ぐに甘くなるわけではありません。

時間をかけて、ゆっくりと
渋味が甘味に変わって行くのです。

しかし、「煩悩即菩提」は瞬時です。
その時、その場で、そのまま喜びに変わります。

煩悩即菩提について、
もう一つのたとえ話をします。

昔ある女性が、こんな粋な詩を歌ったそうです。

「見れば見るほど頼もしそうな、
添うて苦労がしてみたい」

この詩は、

苦労はしたくないけれど、
その男性と一緒になって2人でなら
その苦労が喜びになってしまう。

と、言っているのです。

これは女が男に想いを寄せる話ですが、
逆に男が女に想いを寄せる話もあります。

あるところに一人の少年がいました。

少年は山一つ越えた学校に
一人で登下校していました。

部活で遅くなった冬の日は、
真っ暗の山道を歩いて帰る必要があり、
暗くて寂しい道を、怖い思いをしながら
家に帰っていました。

夏は日が長く、明るうちに
帰ることができましたが、
太陽がジリジリ照りつけ、
汗ビッショリになって帰っていました。

「もっと学校が近ければ・・・」
「この山さえなかったら・・・」

少年は、いつもこの遠い山道を、
うらめしく感じていました。

 

やがて同じクラスに
美しい少女が転校してきました。

しかも、少女は少年と同じ村に
引っ越してきたのでした。

それからは、登下校は一緒になり、
少年と少女は親しい仲になりました。

ある日のこと。

学校を出てしばらくすると、
にわか雨が降ってきました。

少女は傘を持っていましたが、
少年は傘を持っていませんでした。

少女が自分の傘の中に少年を入れてくれ
相合傘になりました。

この時、少年は村に着くまで
ひそかに願いました。

「雨がやまないように」 と。
「家までもっと遠ければ良いのに」と。

少年は、この道を
あんなに恨んでいたにも関わらず、
この時は、それが喜びに変わっていたのです。

道も山も何も変わってないのに、
この時ばかりは少しも苦になりません。

むしろ、家までの道のりを
幸福に感じていたのです。

これが「煩悩即菩提」です。

一時的かもしれませんが、
あなたもこれに似た体験が
あるのではないでしょうか?

最後のたとえ話です。

あまり泳げないA君と、泳ぎが得意なB君が、
海水浴に出かけました。

海は風が強くて波が高かったので、
泳ぎが苦手なA君は、波にのまれてしまい、
潮水を飲んで苦しんでいました。

ここで考えてほしいのですが、
A君にとって、波が苦しみの
原因となったのでしょうか?

泳ぎの得意なB君からみたら、
波が高いから楽しいのであって、
波がなくなったら面白くないはずです。

この時、波は煩悩をたとえたもので、
苦しみの原因ではありません。

では、どうすれば煩悩をそのまま
喜びに変えることができるのか?

 

最後に、「天地開闢」の
動画をプレゼントしたいと思います。

別天津神の誕生から神世七代まで、
11分強にわたる動画です。

http://zipang8.jp/l/m/SiWPA5F1tnjX32

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

八田 芳雅

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