日本の仏教会の秘密

八田です、

もしかすると、あなたは、
これまでに仏教を学んだり、
仏教の本を読んだことがあるかもしれません。

しかし、正直言って、
仏教で何が教えられているのか、
明確に分からなかったと思います。

いや、それどころか学べば学ぶほど、
仏教のことが分からなくなったはずです。

それは、あなただけではなく、
誰もがそうなのです。

どんなに有名な僧侶が書いた本でも、
正しい説明もなければ、
生きる意味についても、
分かりやすい本は皆無に等しいみたいです。

正直に言うと、世の中の99%の仏教の教えは、
間違っているのです。

だから学べば学ぶほど、
仏教のことが分からなくなり、
逆に混乱するようになります。

なぜ、そんなことになっているのか?

これは、現代の日本における
仏教学会に、その秘密があるからです。

そもそも仏教は、どの宗派であろうが
その目的は「輪廻転生からの解脱」です。

この話をする前に、まずは「運命」
について学ぶ必要があります。

「運命」とは一体何か?

仕事をしている人であれば、
なぜ、この仕事に就いているのか?

仕事をしていない人であれば、
将来はどのような仕事をするのか?

結婚している人であれば、
なぜ、この人と結婚したのか?

結婚していいない人であれば、
将来どんな人と結婚するのか?

病気を患っている人であれば、
なぜ、こんな病気になったのか?

健康な人であれば、
将来、どんな病気になるか?

将来は幸せになるか、不幸になるか?
どんな人でも自分の運命を知りたいはずです。

で、仏教の根幹は「因果の道理」ですが、
釈迦の教えである原因と結果の関係の
一番の特色は、私たちの一番知りたい
「運命について」の原因と結果の法則です。

そして、その運命はどうやって決まるのか?
ということについて、釈迦はシンプルに
こう教えています。

ーーーーーーーーーーーーーーー
1.善因善果
2.悪因悪果
3.自因自果
ーーーーーーーーーーーーーーー

では、最初の『善因善果』から説明します。

善因善果とは、善い原因は、
善い結果に繋がるという意味です。

次に、『悪因悪果』とは、
悪い原因は悪い結果を
引き起こすという意味です。

善い種を蒔いていれば、
悪い結果が起きないし、
悪い種を蒔いていれば、
善い結果は起きないということです。

分かりやすく言うと、、、

大根の種を蒔けば大根が出てくるし、
スイカの種を蒔けばスイカが出てくる、
ということです。

大根の種を蒔いて、スイカが出てきたり、
スイカの種を蒔いて、大根が出てくることは
絶対にないということです。

そう、蒔いた種と同じものしか、
生えてはこないのです。

大根の種を蒔きながら、
「何が生えるかなぁ」
という農家は存在しないし、

スイカが出てきたのを見て、
「あのとき何の種を蒔いたかなぁ」
と迷う農家も存在しません。

蒔いたものが分かれば、
何が出てくるか分かりますし、
出てきたものを見れば、
蒔いた種が分かります。

ということは、
ある程度の未来が見えてきます。

大学の入試を控えているのに、
勉強したくないからといって、
遊んでばかりいると、
結果がどうなるかが分かりますし、

仮に合格して大学に入っても、
将来のことを考えず、
遊んでばかりいたら、
その先がある程度予想できるのと同じです。

最後に『自因自果』とは、
自分の蒔いた種は、
自分が刈り取らなければならない、
ということです。

他人の蒔いた種が自分に現れるという
「他因自果」はありませんし、

自分の蒔いた種が他人に行くという
「自因他果」も絶対にありません。

この釈迦様が教えてる
「種」とは「行い」のことであり、
「結果」とは「運命」のことです。

自分が勉強すれば
自分の成績が上がるのであって、
他人の成績が上がることはありません。

もし、自分の努力によって、
他人に、その成果が出るのなら、
努力する人など誰もいません。

酒を飲んで酔っぱらうのは、
酒を飲んだ本人であって、
酒を飲んでいない隣の人が
酔っ払うことは絶対にありません。

つまり・・・

善因善果
悪因悪果
自因自果

とは、幸福という運命は、
善い行いが生み出したものであり、
不幸や災難という運命は、
悪い行いが引き起こしたもの。

自分の運命は、善いも悪いもすべてが、
自分の蒔いた種が生み出したものである、
という教えです。

私自身も若い頃、若気の至りで、
様々な悪事を働いてきました。

しかし、その結果、
悲惨な人生を送った経験があります。

これも自分で蒔いた種が、
生み出した結果であり、

身から出た錆
因果応報
自業自得なのです。

そんな苦い経験を経て、
悪の道から脱却してからは、
善行に務めるようになり、
現在の私があります。

また、神が人の運命を
作っているわけでもなければ、
祟りによって不幸になるわけでもない、
という考えが仏教の教えです。

さらに、狐や狸、悪霊が
憑いてるわけでもなければ、
手相や印鑑、日取りの善し悪しで
運命が決まるのでもなく、

自分の運命は、自分の行動が
生み出した結果であり、
それは万に一つも例外はない、と教えています。

つまり、運命とは、
自分の行いが生み出す結果なのですが、
日本では、昔からずっとこのことは、
言い伝えられてきているので、
あなたも今は忘れているだけで、
本当は分かっているはずです。

幼少期の頃、多くの人が、
この教えに触れてきています。

何かお分かりですか?

そうです、「昔ばなし」や「おとぎ話」です。

例えば、「花咲かじいさん」だと、

善いおじいさんは、宝が出る。
悪いおじいさんは、ゴミが出る。

善いおじいさんは、灰で桜が咲く。
悪いおじいさんは、灰がお殿様の目に入って
捕えられ、厳しい処罰を受ける。

まさに、

善因善果
悪因悪果
自因自果

を具体的に説明しているのです。

「舌切りスズメ」も、

スズメを可愛がっていたおじいさんが、
スズメの宿を訪問し、
小さな葛籠(つづら)を持ち帰ると、
中に入っていたのは宝でした。

スズメの舌を切ったおばあさんが、
スズメの宿に行って大きな葛籠を
持ち帰ると、中に入っていたのはお化けでした。

凄く分かりやすいですよね。

こののように、日本人の多くは、
仏教文化に馴染んでいるために、
こうした因果応報の話は、
当たり前と思っている人が多いと思いますが、

これを明らかにしたのは、
実は人類史上、釈迦だけなのです。

世界中の人々の多くは、
神が運命を決めると思っています。

釈迦が明らかにした
本当の運命の法則・・・

善因善果
悪因悪果
自因自果

が分かれば、その結論は、
「廃悪修善」となります。

この「廃悪修善」とは、
悪行をやめて、善行を修めるという意味です。

これを行うことで、
あなたの未来の不幸や災難が減り、
幸せな人生へと導かれて行く、
という考え方です。

では、あなたを不幸や災難へと
引っ張って行く悪い種蒔きとは何か?

これを自覚無しにやっていたら大変です。

その逆で、あなたを幸福へと導く、
善い種蒔きとは何か?

とても大切なことですが、
今回は長くなったので、
また次回お話することにします。

因みに、今説明したことは、
仏教の教えであって、

実際のところは神による関与や、
悪霊に憑かれたり、
さらには宇宙人による関与などは、
私はあると考えています。
(実際にあるらしいですが)

なので、あくまでも表向きの仏教の教えであり、
仏教の裏を司る「密教」には真実が隠されています。

事実、日本における表の仏教は、
日本の真の姿を隠すために創られた宗教で、
この表の仏教があるから、日本の真の姿が
見えにくくなっているのです。

それが証拠に、裏神道、裏仏教である密教、
ユダヤ教、原始キリスト教の教えはほぼ同じです。

こうした話は、日本の裏のコンテンツ、
または、書籍にて解き明かして行きますので、
楽しみにしておいてください。

 

最後に、「神道とは何か?」の
動画をプレゼントしたいと思います。

http://zipang8.jp/l/m/4zXBGmyR4GpF29

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

 

八田 芳雅

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