お金の暗号:(6)伝統(前半)

富と繁栄はその家にあり、彼への祝福は永遠に続く

タナハ

その祝福はトーラーを学び、それを他のものへ伝える人間に適用される

タルムード

初期の頃のユダヤ人は非常に裕福でした。

アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてソロモンが偉大な富を成し遂げているのは、GODの力によるものであるとタナハでは描写されています。

そしてこれらの富はGODの好意の明確な印と考えられました。

伝統的にユダヤ人は教育と職業上の地位に高い価値をおいています。

ユダヤの家族は、富やお金の追求や蓄財、高収入の職業、そして投資の追求を奨励します。

ユダヤの家庭において、親が子供に富と成功を大切にするように育てることが、文化的規範となりました。

『民族性と家族療法』という本では、次のように述べています。

成功とういうのはユダヤ民族、家族にとって致命的に重要でした。
この重要性は強調しすぎることができないほどに重要です。
ゲットーなどに住み、国を長い間も持たなかった彼らにとっての成功の役割や背景の理解なしにユダヤの家族を理解することは決してできないでしょう。

歴史家のステファン・サーンストームは、「ユダヤ人の卓越した功績は、数千年という長い間、世代から世代へと受け継がれてきたユダヤの文化的価値によって生み出された」と評価しています。

多くの民族や宗教グループは死後の世界に焦点をあて、現世を軽視しがちですが、ユダヤ人は富やお金、成功はGODからの贈り物であり、GODからの祝福であるとみなします。

タナハではこのように書かれています。

主のおかげで財産家になり、健康にも恵まれているとしたら、それこそ申し分のないことである。
仕事を楽しみ、与えられた人生に満足することこそ、GODからの贈り物である。

敬虔なユダヤ人は、この世の全てはGODが所有をなされていると考え、全てのものはGODからもたらされると信じています。

タナハでは次のように語っています。

主はある人々は貧乏にさせ、また別の人々は裕福にします。
主はある人々は打ちひしがらせ、ある人々は引き上げます。
主に祝福されることが市場の富であり、人間はどんなに頑張ってもこの主からの祝福の富に少しでも加えることはできません。

ユダヤ人は富の祝福はタナハの契約に基づく戒律に従うことでもたらされることを理解しています。
もしトーラーの戒律に従えば裕福がもたらされるでしょう。

タナハにはこう記してあります。

主を恐れ、謹んで戒律に従う人々の人生はどれだけ喜びに満ち溢れているだろうか。彼らはそれだけでも豊かなのである。
もしGODの話に耳を傾けそれに従うのであれば、彼らは祝福を受け、一生の間、豊かな物質に囲まれることになる。

ユダヤ人の戒律と伝統的生活の基盤はトーラーにあります。
敬虔なユダヤ人の子供たちは、トーラーを読み、学び、そして観察するように教えられます。

タルムードでは、トーラーには613のミツバ(戒律)があると記載されています。

248のポジティブな戒律、即ち、しなければならないことと、365のネガティブな戒律、即ち、してはならない事で構成されています。

何人かのユダヤ人学者が、これらの戒律の完全なリストをまとめています。

613のミツバのうちの1つに、トーラーを学び、そしてそれを教えることがあります。

ラビのイザック・ベン・エリアキムは、「幼少期の子供たちは、彼らがトーラーこそがGODの意志であり、御心であることに気がつき、トーラーは必ず学ばなければならないものだということに気がつくまで、彼らの知性の発達具合や年齢に応じて適切な報酬を用意して熱心にトーラーに取り組ませなければならない」と話しています。

タルムードでは、「トーラーは繰り返し何度も何度も学ばなければなりません。なぜなら、トーラーには全てが含まれているからです。」と書かれています。

敬虔なユダヤ人は生まれた時から自分たちは、「GODに選ばれた民族」であるという潜在意識に根ざした信念を持っています。

トーラーには、次のように記されています。

もしあなたが熱心に話を聞き、今日与えるミツバ(戒律)を観察し、従うのであれば、主は地球上の全ての自然の生き物たちの中で最も、高い地位を与えるでしょう。

主はあなたをかしらとし、尾とはされない。あなたはただ上になり、下になることはない。

これらの力強い信仰が彼らを成功への強い動機へと導きます。

随筆家のヘンリー・デイビット・ソローは、「自分自身のことをどのように考えるかで、本当に運命が決定されてしまうのが人間という特異な存在である。」と述べました。

精神世界の偉大な指導者であるゴータマ・ブッダは、「心がすべてだ。あなたが考えたことがあなたになる。」と言いました。

ユダヤの人々が持つ自分たちこそが「GODに選ばれた民族」であるという信念は、トーラーの中にみられる様々な約束事を見つけるたびに、ますます確信を強めていきます。

例えばこのようなものなどです。

もしあなたがあなたの主、GODに従い続け、主の道を歩むのであれば、主は大きな最大限の物質的繁栄をあなたに与えるであろう

作家のジョセフ・リフシツは、「ユダヤ人の伝統的風習は、彼らが出来うる限りの物質世界への力強いインパクトを与えることを命じます。」と言っています。

ラビのイエヒエル・ベン・イェクティエルは、『選択の美徳の書』で24の重要な美徳について説明しています。

彼は、「『正直に得た富』貧者を助けることができる理由から美徳である」とリストしています。

そして更に、「アブラハムは裕福であり、他の人々を助けるためにその富を使った」と指摘しています。

リサ・A・ケイスター教授の『宗教が富に与える影響に関する研究』では、保守派プロテスタントが最も低い財産状況であることを明らかにしました。

この研究では、保守派プロテスタントの低い経済状況は、文字通りの聖書解釈によって蓄財はたいして重要ではないという結論に導かれること、更には教会で貧乏が美徳で
あるという清貧思想が教えられることが作り出しているのではないかと推測しています。

牧師でもあり、『主の教えに沿ってミリオネアになろう』の著者でもあるトーマスアンダーソンは、聖書から読み取れるお金の管理法の知恵を使うことで、100名以上の人々を
何も持っていない状態からミリオネアにしてきました。

彼は多くの人々、中でも特にキリスト教とは不適切なマインドセットを持っており、それらは富の蓄財を避けるように導いていると説明しています。

貧困は美徳であるとみなす多くのキリスト教とは、イエスはたくさんの所有物を持っていなかったという考え方を根拠にしています。

しかし真実は、イエスはお金を持っていました。

多額の資産を持つ人は誰であれ、通常、効果的にお金を管理しています。
イエスのためにお金はユダが管理していたのです。

更にイエスは彼が必要なとき、もしくは彼が気前よく誰かに与えたいと思った時に、たくさんのものを与える力を持っていました。

彼は聖書で記録されている2つの奇跡を起こしています。

5000人の人を食べさせる奇跡、そして4000人の人々に食物を与えるという奇跡です。

これだけ多くのキリスト教徒の問題のほとんどは、お金とは関係ないと誤解していることでしょうか。

イエスは問題はGODへの信仰以上に所有物、もしくは、お金に依存し、執着することが問題であると教えました。

例えば、聖書のマタイの福音書では、金持ちの青年が「永遠に生きるために何をしなければならないか」イエスに尋ねます。

イエスは答えました。「あなたが完璧になりたいのなら、全ての持ち物を売りに行き、そこで得たお金を貧しい人々に分け与えなさい。
そうすればあなたは天国に宝を蓄えることになるでしょう。そして私について来なさい。」…と。

しかし、青年はこれを聞くと悲しそうに帰っていきました。

かなりのお金持ちだったからです。

この青年は所有物にとても執着していました。

世の中には物質的な所有物に執着している人々がたくさんいます。

彼らは家にたくさんの「もの」を持っているにも関わらず、本当には必要でないものを更に購入し続けています。

 

本日の課題

1:今回の学びで感じたことをシェアしてください。


これまでの「お金の暗号」の学び

お金の暗号:(1)コードが隠されている場所

お金の暗号:(2)『旧約聖書』に従うことで豊かな人生が築ける

お金の暗号:(3)宗教が資産構築に影響を与える

お金の暗号:(4)知性(前半)

お金の暗号:(5)知性(後半)

3 件のコメント

  • zipang044kwsk@au.com より:

    お金を持つことを悪とする
    考え方が良くない。
     
    そして、お金を持つことに
    囚われすぎて、お金に執着することも
    良くない。
     
    また、人は考えた通りの人間になる
    というのも何千年も前から言われているのは
    非常に含蓄があり、スゴイと思います。
     
    キリストが起こした奇跡は、
    現代の人間になぞらえるなら
    富をたくさん持っている
    人が奇跡を起こせることを
    示唆しているのかもしれませんね。
     
    貴重な学びをありがとうございます。
    実践していきます。
     

  • kyorintomo@yahoo.co.jp より:

    清貧を良しとさせる教えは、信者をコントロールし易いからだと思います。ユダヤでは「この世の全てはGODの所有で全てのものはGODからもたらされる」という考え方からも感じ取れますが「清」と「貧」をハッキリと切り離して区別していますね。貧でも富でも、爽やかな心、すなわち清である必要があると思います。

  • 伊藤 より:

    「トーラーは繰り返し何度も何度も学ばなければなりません・・」
    配信頂いているコンテンツも、1回目は(左脳で)その意味を理解しようとしますが理解しきれず、
    2回目は何日か経ってから(右脳で)感じた事をそのままコメントとして入力させて頂き、
    3回目は過去のコンテンツをしばらく経ってから自分のコメントを読み返しながら、
    必要と感じたところをメモるようにしてます。
    そこから自分の課題や指針が浮かび上がってくる事が多いです。

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